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 先ほどまで刺繍をしていた部屋で、荷物をまとめるセシリア。その様子を椅子に座りながら見ていたランドルが、ふいに口を開いた。

「そう言えば、アルマのことなんだけど」

「……はい」

「突然、屋敷を出ていってしまってね。けれど、もう使用人がいなくても、きみは優秀だから、一人で平気だよね」

 セシリアが瞠目する。そうだ。もう、あの屋敷にはアルマもいないのだ。そしてランドルには、新たな使用人を雇うつもりはないらしい。

(……そっか。援助金を増やすって、そういうことか)

 何だかもう、いっそ、笑いがこぼれた。これがわたしの運命なのだと、諦めた。セシリアの瞳から、どんどん光が失われていく。

「──ところでセシリア。叔父上に、シンディーのこと、言ったりしてないよね?」

 いつの間にか背後に来ていたランドルが、目を吊り上げる。地を這うような低い声音に、セシリアは小さく息を呑んだ。

「……もちろん、です」

 とたん。ランドルは、そうか、と笑顔になった。もういい。従順であれば、この人が機嫌を損なうことはそうないもの。セシリアはうなだれ、カバンに服を詰める作業を再開させた。


 空が群青色に染まりはじめたころ。王宮から帰宅してきたハロルドを真っ先に出迎えたのは、ランドルだった。

「遅いですよ、叔父上。僕がお腹をすかしているというのに、リチャードが叔父上が帰ってくるまで待てとうるさくて」

 ハロルドは「ランドル……? 何故、ここに」と眉をひそめ、ランドルの後ろに立つリチャードとセシリアにそれぞれ視線を向けた。

 リチャードは「お帰りなさいませ」と頭を下げている。そしてセシリアは──。

「ハロルド様。お帰りなさい」

 血の気の失せた顔色で、小さく笑っていた。声をかけようとしたが、ランドルに遮られてしまった。

「その話しは後にしましょう。せっかくの料理が冷めてしまいますからね」

「そんな訳にはいかない。質問に答えてもらおうか」

 ランドルはやれやれと「僕がここにいる理由など、一つに決まっているでしょう? セシリアを迎えに来たのですよ」と肩をすくめた。

「──身勝手な理由で離縁を告げて、屋敷を追い出したお前がか? どの面さげて?」

「ひどい言い種ですね」

「酷いのはお前だろう」

 ランドルは「身勝手な理由、ですか」と腕を組みながら、ハロルドを見据えた。

「伯爵家の長男として生をうけた僕の責務など、次男である叔父上には到底わからないでしょうね。いずれ爵位を継ぐ僕は、お気楽な立場の叔父上とは違って、どうしても世継ぎが必要なのです。それを身勝手だと吠えるのは、世間知らずを露呈しているようなものでは?」

 ハロルドが表情を変えず、真正面からランドルと向き合う。リチャードがこぶしを奮わせたが、声を真っ先に荒げたのは、セシリアだった。

「──ハロルド様はあなたなんか比べものにならないほどお優しくて、優秀なお方です。お気楽なのはあなたでしょう?!」

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