8 / 34
8
しおりを挟む
セシリアは一人、広場にあるベンチに座っていた。実家に帰るというのは、嘘だった。帰る気など、毛頭ない。そもそも帰ったところで、きっと屋敷に入れてもらえないだろう。
(アルマのおかげで家事も一通り出来るようになったし、何処かでメイドとして雇ってもらえないかしら)
ぼんやり考えていると、ぽつぽつと小雨が降りだしてきた。傘など持ってきていないセシリアが、天を仰ぐ。秋の夕暮れ。冷ややかな風が吹き、身体を冷やす。それでもセシリアは、その場から動こうとはしなかった。
「──セシリア?」
名を呼ばれ、セシリアが正面に目線を移した。少し離れたそこに立っていたのは、ハロルド──ランドルの父親の、二つ下の弟。つまりは、ランドルの叔父にあたる人だった。
「……ハロルド様?」
ハロルドの背後には、馬車が止まっている。わざわざ馬車から降りてきてくれたのだろうか。頭の隅でそんなことを考えていると、ハロルドが慌てたように近付いてきた。
「こんな雨の中、護衛もつけずに一人で何を──そのカバンは?」
セシリアが座る足元に目を向けたハロルドが、首をひねる。セシリアはどう誤魔化したものかと必死に考えを巡らせたが、離縁することはいずれ伝わるだろうと思い、口火を切った。
「……えと、ランドル様に離縁されてしまったので、実家に帰るところです」
「──え? ど、どうして?」
セシリアは「……結婚してから三年間、子を産むことが出来なかったから、です」とうつむきながら呟いた。
(……情けないな。きっと、それなら仕方ないって嗤われるんだろうな)
けれど。
「──何だ、それは」
明らかに怒気をはらんだ声音に、セシリアは顔をあげた。見ると、ハロルドの顔色は怒りのためか、少し赤らんでいた。
「それであいつは、きみに護衛もつけずに屋敷を追い出したのか?!」
「あ、あの。でも、法でも決められていることですし……」
「……そんなっ。きみたちは、愛し合って結婚したのではなかったのか?」
セシリアの肩がぴくりと震えた。愛していた。少なくとも、セシリアは。でも、ランドルはきっと、愛してくれてなどいなかった。
(……馬鹿みたいだわ。そんなこと、とっくにわかっていたはずなのに)
嘘でも肯定など出来るはずもなく。セシリアが沈黙する。ハロルドは何かを察したように腰を屈め、話題を変えた。
(アルマのおかげで家事も一通り出来るようになったし、何処かでメイドとして雇ってもらえないかしら)
ぼんやり考えていると、ぽつぽつと小雨が降りだしてきた。傘など持ってきていないセシリアが、天を仰ぐ。秋の夕暮れ。冷ややかな風が吹き、身体を冷やす。それでもセシリアは、その場から動こうとはしなかった。
「──セシリア?」
名を呼ばれ、セシリアが正面に目線を移した。少し離れたそこに立っていたのは、ハロルド──ランドルの父親の、二つ下の弟。つまりは、ランドルの叔父にあたる人だった。
「……ハロルド様?」
ハロルドの背後には、馬車が止まっている。わざわざ馬車から降りてきてくれたのだろうか。頭の隅でそんなことを考えていると、ハロルドが慌てたように近付いてきた。
「こんな雨の中、護衛もつけずに一人で何を──そのカバンは?」
セシリアが座る足元に目を向けたハロルドが、首をひねる。セシリアはどう誤魔化したものかと必死に考えを巡らせたが、離縁することはいずれ伝わるだろうと思い、口火を切った。
「……えと、ランドル様に離縁されてしまったので、実家に帰るところです」
「──え? ど、どうして?」
セシリアは「……結婚してから三年間、子を産むことが出来なかったから、です」とうつむきながら呟いた。
(……情けないな。きっと、それなら仕方ないって嗤われるんだろうな)
けれど。
「──何だ、それは」
明らかに怒気をはらんだ声音に、セシリアは顔をあげた。見ると、ハロルドの顔色は怒りのためか、少し赤らんでいた。
「それであいつは、きみに護衛もつけずに屋敷を追い出したのか?!」
「あ、あの。でも、法でも決められていることですし……」
「……そんなっ。きみたちは、愛し合って結婚したのではなかったのか?」
セシリアの肩がぴくりと震えた。愛していた。少なくとも、セシリアは。でも、ランドルはきっと、愛してくれてなどいなかった。
(……馬鹿みたいだわ。そんなこと、とっくにわかっていたはずなのに)
嘘でも肯定など出来るはずもなく。セシリアが沈黙する。ハロルドは何かを察したように腰を屈め、話題を変えた。
270
お気に入りに追加
3,645
あなたにおすすめの小説
私を運命の相手とプロポーズしておきながら、可哀そうな幼馴染の方が大切なのですね! 幼馴染と幸せにお過ごしください
迷い人
恋愛
王国の特殊爵位『フラワーズ』を頂いたその日。
アシャール王国でも美貌と名高いディディエ・オラール様から婚姻の申し込みを受けた。
断るに断れない状況での婚姻の申し込み。
仕事の邪魔はしないと言う約束のもと、私はその婚姻の申し出を承諾する。
優しい人。
貞節と名高い人。
一目惚れだと、運命の相手だと、彼は言った。
細やかな気遣いと、距離を保った愛情表現。
私も愛しております。
そう告げようとした日、彼は私にこうつげたのです。
「子を事故で亡くした幼馴染が、心をすり減らして戻ってきたんだ。 私はしばらく彼女についていてあげたい」
そう言って私の物を、つぎつぎ幼馴染に与えていく。
優しかったアナタは幻ですか?
どうぞ、幼馴染とお幸せに、請求書はそちらに回しておきます。
旦那様は私より幼馴染みを溺愛しています。
香取鞠里
恋愛
旦那様はいつも幼馴染みばかり優遇している。
疑いの目では見ていたが、違うと思い込んでいた。
そんな時、二人きりで激しく愛し合っているところを目にしてしまった!?
想い合っている? そうですか、ではお幸せに
四季
恋愛
コルネリア・フレンツェはある日突然訪問者の女性から告げられた。
「実は、私のお腹には彼との子がいるんです」
婚約者の相応しくない振る舞いが判明し、嵐が訪れる。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
婚約者は幼馴染みを選ぶようです。
香取鞠里
恋愛
婚約者のハクトには過去に怪我を負わせたことで体が不自由になってしまった幼馴染がいる。
結婚式が近づいたある日、ハクトはエリーに土下座して婚約破棄を申し出た。
ショックではあったが、ハクトの事情を聞いて婚約破棄を受け入れるエリー。
空元気で過ごす中、エリーはハクトの弟のジャックと出会う。
ジャックは遊び人として有名だったが、ハクトのことで親身に話を聞いて慰めてくれる。
ジャックと良い雰囲気になってきたところで、幼馴染みに騙されていたとハクトにエリーは復縁を迫られるが……。
新しい人生を貴方と
緑谷めい
恋愛
私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。
突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。
2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。
* 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。
彼の過ちと彼女の選択
浅海 景
恋愛
伯爵令嬢として育てられていたアンナだが、両親の死によって伯爵家を継いだ伯父家族に虐げられる日々を送っていた。義兄となったクロードはかつて優しい従兄だったが、アンナに対して冷淡な態度を取るようになる。
そんな中16歳の誕生日を迎えたアンナには縁談の話が持ち上がると、クロードは突然アンナとの婚約を宣言する。何を考えているか分からないクロードの言動に不安を募らせるアンナは、クロードのある一言をきっかけにパニックに陥りベランダから転落。
一方、トラックに衝突したはずの杏奈が目を覚ますと見知らぬ男性が傍にいた。同じ名前の少女と中身が入れ替わってしまったと悟る。正直に話せば追い出されるか病院行きだと考えた杏奈は記憶喪失の振りをするが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる