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「……あの。奥様。シンディー様のことなんですけど」

「? はい。何でしょう」

 ハーン伯爵家の長男であるランドルと結婚した伯爵家の長女、セシリアは、今日も早くからメイドのアルマと一緒に朝食を作っていた。

 この屋敷には、使用人が二人しかいない。メイドが一人と、馭者の男が一人。屋敷の大きさからして、メイド一人では到底手がまわらず、その労力を補うように、セシリアは当然のようにメイドのアルマと同等量の家事をこなしていた。

 セシリアは使用人相手でも、決して偉ぶったりしない。前に働いていたお屋敷では、屋敷の主に酷い扱いを受けていたアルマは、五つ年下のセシリアのことをとても慕っていた。セシリアも、まるで友人のようにアルマと接してくれていた。だからこそ、黙ってはいられなかった。

 今朝がた。厠へと起きてきた男と廊下ですれ違った。夜遅くに戻ってきたらしいこの屋敷のもう一人の使用人は、眠気眼でアルマにこそっともらした。

『──ついに、シンディー様が妊娠したらしいぞ』

 この屋敷にいる者は、セシリアも含め、ランドルがシンディーのところに頻繁に通いつめていることは承知している。だが、何も言わないだけで、使用人たちは、ランドルの行いには辟易していた。

 これまでも男は、ランドルとシンディーとのことを、アルマにだけは愚痴交じりに全てを話してきた。アルマは、その話しをセシリアに一度だって伝えたことはない。傷付けたくなかったから。

 でも、今回は、あまりにも。

(……それに援助の額を増やすってことは、もしかして……っ)

 アルマは、こぶしを強く握った。

「……シンディー様が、ランドル様の子を、宿したようです」

 セシリアは目を見開いたまま、凍りついた。ランドルがシンディーのところに通っていることは知っていても、男女の関係にあることは、セシリアだけは知らなかったから。

「……そう、ですか」

 セシリアがうつむく。

『シンディーのことは、恋愛対象としては見てないよ。それだけは信じてくれ』

 脳裏に響く、ランドルの笑み。信じていたのに。でも、頭の何処かで、やっぱりという自分の声が響いた。

 ──本当は、とっくに気付いていた。気付いていながらも、ランドルの言葉を信じたかっただけかもしれない。

 ほら。だって。

 涙一つ、こぼれやしない。
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