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「落ち着いてください。わたしはただ、あなたがベイジルと婚約すること。わたしの父とロペス伯爵を説得するため、ベイジルといかに愛し合っているか証言すること。これらの約束を破った場合には、慰謝料を請求すると言いたかっただけです。あくまで、あなたがきちんとベイジルを幸せにしてくれるかの保険ですが」

 ネリーが「え、あ」と、クラリッサから手を離した。

「そうでしたか。すみません……あたし、つい」

 へへ。舌をぺろっと出すネリーを、クラリッサが苦笑しながら掴まれた腕をさする。正直痣が残っているのではないかというぐらい痛かったが、そんなことは気にならないぐらい、クラリッサは高揚していた。

 ベイジルが本当にネリーを愛しているのなら。不貞行為をしてくれたこともあって、スムーズに事が運ぶかもしれない。

(高圧的な態度も言葉も、話が通じないのも嘘ばかりついていたのも、ベイジルがわたしを嫌っていたから、嫌がらせしていたのかもしれないわ)

 なら、愛する人と一緒になれるなら。慰謝料すら要求せず、二人を祝福すると申し出たら、ベイジルと穏便に別れられるかもしれない。たとえそうでなくても、不貞行為を理由にすれば、両家の親をきっと説得できる。

 希望が見えたいま、一刻も早くベイジルと離れたくて、別れたくて、たまらなかった。



 ──が。


「ぼくが魅力的過ぎるせいで、きみを不安にさせてしまったようだ。心から謝罪するよ。でも安心して。すべては彼女の妄想で、ぼくが愛しているのは、きみだけだ」

 やっと迎えられた日。吐き捨てられた信じられないベイジルの言い訳に、クラリッサは、ああこの人は単に、人格がおかしいのだと。相手が好きとか嫌いとか関係ないのだと理解し、目の前の相手を心から嫌悪した。

 これが本心とか、そうじゃないとか、もうどうでもいい。ただ、想像以上のろくでなしで、屑だったことを思い知り、軽蔑した。


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