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「──いいお天気」

 王都の広場のベンチに腰掛け、空に手をかざしながらエミリアが呟く。


「……え」

 
 ふいに、少し離れた位置を歩いていた男が立ち止まり、小さく声をもらした。

 長く伸びた髭。長髪を後ろに一括りにしたその男が、エミリアを真っ直ぐに見据える。くすんだその瞳の色と面影に、誰かを頭に思い描こうとしたとき。

「おかあさまー」

 アシュリーと一緒に、マリアンが笑顔で駆けてきた。大事そうに抱えられた両手には、美味しそうなアイスがあった。

「まあ、良かった。無事に買えたのですね」

「はい! 並んだかいがありました」

 アシュリーは少し疲れたように「結局、三十分も並んでしまったよ」と、エミリアの横に腰を落とした。

「お疲れさまです、あなた」

 クスクス笑うエミリアに、目を見開いた男が近寄ろうとした瞬間、広場に怒号が響いた。

「おい、傭兵! さっさと来い!」

 広場の一角。そこには馬車と、男たちの集団がいて、叫んだのはその中の一人の中年男性だった。

「あ、あの」

「すぐ来ねぇと、クビにするぞ!」

「わ、かりました」

 エミリアを見詰めていた男は、名残惜しそうに、最後にこちらをちらっと見てから、中年男性の方へと駆けていった。

「あの男、エミリアを見ていたね」

 アシュリーの声に、エミリアがくすりと笑う。

「マリアンは可愛いし、あなたの容姿も驚くほど整っていたからじゃないですか?」

「その言い訳、無理がない? あの男、絶対にエミリアに見惚れていたよ」

「ふふ。それは絶対にないですから、安心してください」

「なぜ言い切れるの?」

「そうですねぇ」

 もしあれが本当にあの男なら、見惚れていたなんてことは絶対になく。見下していた相手に、こんなに可愛い娘と、こんなに優しくてかっこいい夫がいることが信じられなかったのだろう。

 ──彼が、あなたの理想の妻であるシンディーさんの弟だと知ったら、あなたはどんな顔をするのかしら。

 不釣り合い?
 分不相応だと罵る?

 残念。

(もうわたし、そんな言葉に惑わされたりしないのよ)

 さて。存外、やきもちやきの夫に、どのようにしてこれらのことを伝えようか。

 思考を巡らせていく中で、脳裏から、男の陰はすっかり消え失せていた。



            ─おわり─


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