上 下
34 / 35

34

しおりを挟む
 わたしはつくづく、人を見る目がない。本性を見抜けない。

 ノーラが出て行き、証言するために残ってくれていた家庭教師と庭師に礼を述べ、応接室に三人きりになると、アシュリーは途端にずんっと落ち込み、そうもらした。

 エミリアはもちろん、マリアンもそんなアシュリーを目の当たりにするのは、はじめてだったのか。

 ええと。ええと。

 一生懸命言葉を探していたマリアンが、アシュリーの腕を掴み、口を開いた。

「でもね、おとうさま。ノーラさんのおかげで、マリアンはとてもうれしいことがありました!」

「……嬉しいこと?」

「はい! ノーラさんにぶたれたとき、おかあさまは、よくもわたしのむすめをぶってくれたわねって。そして、なんといわれようと、わたしはマリアンのははおやですっていってくれたのですよ!」

 慰める意図も、むろんあったのだろう。でもそれが、マリアンにとって本当に嬉しい出来事だったのが、キラキラ光る瞳で伝わってきて。アシュリーが「……そう、か」と返すと、マリアンは嬉しそうに、はにかんだ。

 アシュリーは「……マリアンはわたしと違って、人を見る目があるね」と、マリアンの頬にそっと触れた。

「エミリアを見つけてくれて、ありがとう」

 そう告げ、アシュリーは隣に座るエミリアの手を握った。

「なにも気付いてあげられなくて、ごめん」

「……いいえ。わたしが臆病だっただけです」

「なのに、マリアンのために怒ってくれたんだね」

 真っ直ぐに見詰められたエミリアが「……頭に、血がのぼって」とぽつりと呟く。

 じわっ。胸のあたりが熱くなる。それはなんだか泣きたくなるほどに、温かくて。アシュリーはエミリアを抱き締めた。

「愛しているよ。マリアンと同じぐらいに」

「ア、アシュリー様……?」

「これからわたしたちは、もっともっと家族になっていく。だから……末永く、よろしくね」

 エミリアは少し戸惑いながら、ちらっとマリアンを見ると、満面の笑みを浮かべていたので「こ、こちらこそよろしくお願いします」と、アシュリーの背中にそっと腕をまわした。

 

 それから。

 家事はわたしに任せてくださいというエミリアの要望により、メイドを雇うことはしなかった。代わりに護衛を一人雇い、その上で、しばらくのあいだ、アシュリーがいないときの二人の外出を禁止した。

 怖かったのだ。話の通じない相手は、なにをするかわからないから。

 元妻が他の男と王都から旅立ったと確認するまでに味わっていた、緊張感がふたたび訪れる。仕事のあいだ、アシュリーは気が気じゃなかった。


 ──そして。


 探偵に見張ってもらっていたノーラが、故郷に帰ったと知らせを受け取ったのは、ひと月経ったころのこと。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

うーん、別に……

柑橘 橙
恋愛
「婚約者はお忙しいのですね、今日もお一人ですか?」  と、言われても。  「忙しい」「後にしてくれ」って言うのは、むこうなんだけど……  あれ?婚約者、要る?  とりあえず、長編にしてみました。  結末にもやっとされたら、申し訳ありません。  お読みくださっている皆様、ありがとうございます。 誤字を訂正しました。 現在、番外編を掲載しています。 仲良くとのメッセージが多かったので、まずはこのようにしてみました。 後々第二王子が苦労する話も書いてみたいと思います。 ☆☆辺境合宿編をはじめました。  ゆっくりゆっくり更新になると思いますが、お読みくださると、嬉しいです。  辺境合宿編は、王子視点が増える予定です。イラっとされたら、申し訳ありません。 ☆☆☆誤字脱字をおしえてくださる方、ありがとうございます! ☆☆☆☆感想をくださってありがとうございます。公開したくない感想は、承認不要とお書きください。  よろしくお願いいたします。

アリシアの恋は終わったのです【完結】

ことりちゃん
恋愛
昼休みの廊下で、アリシアはずっとずっと大好きだったマークから、いきなり頬を引っ叩かれた。 その瞬間、アリシアの恋は終わりを迎えた。 そこから長年の虚しい片想いに別れを告げ、新しい道へと歩き出すアリシア。 反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。 案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。 ーーーーー 12話で完結します。 よろしくお願いします(´∀`)

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。

しげむろ ゆうき
恋愛
 男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない  そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった 全五話 ※ホラー無し

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい

高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。 だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。 クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。 ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。 【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

私を侮辱する婚約者は早急に婚約破棄をしましょう。

しげむろ ゆうき
恋愛
私の婚約者は編入してきた男爵令嬢とあっという間に仲良くなり、私を侮辱しはじめたのだ。 だから、私は両親に相談して婚約を解消しようとしたのだが……。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

どうやら婚約者が私と婚約したくなかったようなので婚約解消させて頂きます。後、うちを金蔓にしようとした事はゆるしません

しげむろ ゆうき
恋愛
 ある日、婚約者アルバン様が私の事を悪く言ってる場面に遭遇してしまい、ショックで落ち込んでしまう。  しかもアルバン様が悪口を言っている時に側にいたのは、美しき銀狼、又は冷酷な牙とあだ名が付けられ恐れられている、この国の第三王子ランドール・ウルフイット様だったのだ。  だから、問い詰めようにもきっと関わってくるであろう第三王子が怖くて、私は誰にも相談できずにいたのだがなぜか第三王子が……。 ○○sideあり 全20話

あなたに嘘を一つ、つきました

小蝶
恋愛
 ユカリナは夫ディランと政略結婚して5年がたつ。まだまだ戦乱の世にあるこの国の騎士である夫は、今日も戦地で命をかけて戦っているはずだった。彼が戦地に赴いて3年。まだ戦争は終わっていないが、勝利と言う戦況が見えてきたと噂される頃、夫は帰って来た。隣に可愛らしい女性をつれて。そして私には何も告げぬまま、3日後には結婚式を挙げた。第2夫人となったシェリーを寵愛する夫。だから、私は愛するあなたに嘘を一つ、つきました…  最後の方にしか主人公目線がない迷作となりました。読みづらかったらご指摘ください。今さらどうにもなりませんが、努力します(`・ω・́)ゞ

処理中です...