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「──なぜですか?」

 ノーラの問いに、アシュリーが顔を歪ませる。

「なぜ? きみがわたしの娘を打ち、わたしの妻を侮辱し、暴言を吐いたからだよ。それ以上の理由がどこに?」

「私は、元奥様にかわり、マリアンお嬢様を慈しみ、育ててきました。アシュリー様にも、誠心誠意仕えてきました。マリアンお嬢様を打ったことは謝罪します。ですが、それはマリアンお嬢様が私を裏切ったからです。小さな頃より傍にいた私より、その女を選んだのですから」

「エミリアを妻にと選んだのは、わたしだよ」

「それは、マリアンお嬢様がその女に懐いたからでしょう? でなければ、アシュリー様がその女を選ぶことはなかった」

「……エミリアを、その女呼ばわりか」

 アシュリーは自分がまだ混乱しているのを自覚しながら、ノーラに問うた。

「わたしとマリアン。きみにとって大事なのは、どちらだ?」

「そんなもの、両方に決まっています。選べません」

 即座に答えたノーラに、アシュリーが言葉で詰め寄る。

「マリアンが、以前言っていたよ。きみはマリアンより、わたしの方が好きなのだと」

 ノーラはちらっとマリアンを見てから、いけませんか、と開き直った。

「だって私、アシュリー様のことがずっと好きでした。元奥様が不倫したときから、いつか離縁されて、私を見てくれるんじゃないかと期待していたんです。マリアンお嬢様のことを大切に思っているのは本当ですが、好きな人が近くにいたら、どうしたってそちらに目がいってしまうのが乙女心というものです。それがそんなにいけないことなのですか?」

 堂々と、好きだと告白同然の言葉を口にしたノーラに、アシュリーは頭を抱えた。

「……長年仕えてくれたきみに感謝の気持ちはあれど、恋愛対象として見たことはない。それに、それがマリアンとエミリアに対してきみが起こなった罪の正当な理由になるとでも?」

 ぎろりと鋭い視線を向けられたノーラは「……私はお二人の家族ではなかったのですか?!」と、今度は涙ながらに訴えてきた。

 この話の通じなさ。心底嫌気がさすこの感覚。元妻と話しているようだと、アシュリーの中で、嫌悪感がなにより勝った。


「……きみは、頭がおかしい」


 言葉より、雄弁に語るその双眸に、ノーラは愕然とした。

 いつだって優しかったアシュリー。でもそれは、ノーラが本心を隠し、アシュリーに嫌われないためとはいえ、マリアンを大切にしていたからこそ。

 それが理解できないノーラは、はじめて感じた愛する人からの拒絶に、がくっと床に膝をついた。

「……ずっと、夢見ていたのよ……アシュリー様と結婚すること……なのに」

 ぶつぶつ。ぶつぶつ。

 ノーラは涙を流しながら呟くのを止めなかった。そうこうしているうちに、あっという間に一時間が経ち、アシュリーはノーラの前に、ふたたび姿を現した。

「時間だ。出て行ってくれ」

 冷たい声色と表情に、ノーラはもう、なにも言えなかった。

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