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「おとうさまぁ……っ」

 エミリアの腕の中にいたマリアンが、父親の帰りに気付き、エミリアの部屋から飛び出して、玄関ホールへと駆けた。

 なにも知らないアシュリーが、何事かと涙を浮かべる娘を抱き上げる。

「どうした? なにかあったの?」

 三歩ほど遅れてやってきたエミリアに、アシュリーが問いかける。マリアンが、おかあさまをおいださないで、と。しゃくりながら訴えてきたので、アシュリーはますます困惑した。

「エミリアを追い出すなんて、絶対にしないよ。どうしてそんな風に思ったの?」

 マリアンを宥めるため、その小さな背中をさするアシュリーに、エミリアは「──すべて、お話しします」と、静かに告げた。




 
 応接室に、屋敷の関係者が集まる。勤務時間外の庭師、家庭教師の姿もある。むろん、この騒ぎの中心人物であるノーラも。

 本日。目にしたこと、耳にしたこと。庭師、家庭教師が、一人一人、アシュリーに報告していく。応接室の椅子に腰掛けるアシュリーの顔が、恐ろしいほどに、強張っていくのが見てとれる。

 ノーラは、そんなことしていません、と。みなの証言を否定するかと思われたが、予想に反して、不気味なほど静かだった。

 マリアンは、アシュリーの腕の中にいた。こんな修羅場は見せたくなかったが、どうしても、アシュリーから離れなかったのだ。マリアンを膝に乗せながら、アシュリーが片手で、頭を抱える。

「……エミリア。いつからノーラに暴言を吐かれていたの?」

 掠れた声に、エミリアが「……この屋敷に嫁いできてから、一週間ほど経ってからです」と、返答する。アシュリーは、どうしてと、悔しそうにもらした。

「……どうしてもっと早く教えてくれなかった」

「……この方は、アシュリー様とマリアンにとって、家族同然の存在で……わたしなんかよりよほど過ごした時間は長く……信じてもらえないかと思いまして……」

 ぽつぽつと静かに言葉を絞り出すエミリアに、アシュリーはしばらくして、小さく口を開いた。

「……そう思わせてしまった、わたしにも非があるね」

 苦痛すら感じる声色に、エミリアは、目の前の人を傷付けてしまったことに気付いた。

「け、決して、アシュリー様を信じていなかったわけではなく……ただ、わたしがわたしにどうしても自信が持てなくてっ」

「……うん、わかった。その話は、後でしよう」

 アシュリーは、真正面に立ち、先ほどから表情を崩さないノーラに、冷たい視線を向けた。

「いま、このときをもってきみを解雇する。一時間以内に、屋敷を出て行ってくれ」

 下された結論に、庭師と家庭教師は、納得の表情を浮かべた。マリアンとエミリアは、ほっとしたように胸をなで下ろしていたが、ノーラだけは、驚愕したように目を見開いていた。


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