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 エミリアは立ち上がると、ノーラの肩を掴み、無理やりこちらを向かせた。なに、とノーラが言葉を発する間も与えず、ノーラの頬を平手打ちした。

「──よくもわたしの娘を打ってくれたわね」

 瞳孔が開いたエミリアに、数秒固まるノーラだったが、すぐに「はあ?」と、睨み付けてきた。

「産んだわけでも、育てたわけでもない。法律上の義母になって、まだ間もない。そんなあなたが母親面する資格、あると思ってんの?」

 エミリアは胸に手を当て「なんと言われようと、わたしはマリアンの母親です!」と、宣言した。

「このことはすべて、アシュリー様に報告させていただきます」

 いいわよ。
 ノーラは、自信満々に笑った。

「アシュリー様が、私とあなた、どちらを選ぶのか。むしろ楽しみで仕方ないわ」

「アシュリー様を侮辱しないでくれますか。あの方はあなたより、わたしより、マリアンを大切に想っています」

「……うるさい! いい子ぶるな! あんたのそういうところが鼻について仕方ないのよ!」

 エミリアは、ノーラの胸ぐらを掴んだ。
 
「ならわたしを打てばよかったでしょう。無関係なマリアンに暴力をふるって、ただですむと思わないで」

 いままでどんな暴言を吐いても抵抗は見せず、やっと少し言い返してきたと思ったら、馬鹿みたいに弱々しいものばかり。そんな相手の本気の怒りに、ノーラは思わず、ごくりと唾を呑み込んだ。間近にある憎悪むき出しの女が怖くて「……離して!」と、エミリアの胸を両手で押した。

「ついに本性を現したわね!」

「どうとでもおっしゃってください。ただし、マリアンにもう、近付かないで」

「あなたの命令なんか、聞くと思う? それより、屋敷を出て行く準備でもしたらどう?」

「あなたもね」

「……やだ!」

 睨み合う二人のあいだに割って入るのではなく。マリアンは、エミリアの方にしがみついた。

「……おかあさま! おやしきをでていくなんていわないでください!」

 完全に無視されるかたちとなり、プライドがズタズタに引き裂かれたノーラの怒りは、頂点に達していた。咄嗟にマリアンを抱き締め、庇うエミリアの姿にも腹が立ち、形相が悪魔のようになる。騒ぎを聞き、駆けつけた使用人──通いの庭師に止められても、ノーラはまだ暴言を吐き続けていた。

 家庭教師も、中年の男の庭師も。ノーラが屋敷の主の妻と娘に汚い言葉を吐き、それがアシュリーに正当化されると信じ込んでいるノーラを、奇異の目で見詰める。

 それなりの付き合いがあるノーラの、はじめて目の当たりにする本性に、二人の開いた口が塞がらない。

 混乱の中。どうすればいいのかわからないみなが、ただアシュリーの帰りを待ちわびる。エミリアとマリアンから引き剥がしたノーラは、少し落ち着いたのか、与えられた自室でじっとしている。

「……アシュリー様ならきっとわかってくださるはず……っ」

 爪を噛み、同じ言葉を繰り返すノーラの声。見張りのために扉前に立つ庭師の男の耳に、それが嫌でも届いてしまう。


「ただいま」

 いまかいまかと待ち受けていた声が玄関ホールから響いたのは、騒ぎがあってから六時間ほど経ってからだった。

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