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「待ってください! いま、そんなこと聞かなくてもっ」

 傍目にもはっきり、マリアンが動揺し、混乱しているのがわかる。このタイミングで質問する内容では、断じてない。エミリアが駆け寄り、ノーラの肩を掴む。ノーラはゆらりと振り向き「自信がないのはわかりますが」と、エミリアの肩を押した。予想外の力に、エミリアはどさっと尻餅をついた。

「こうなった以上、はっきりさせたほうがいいです。この屋敷に必要なのは、私か、あなたか」

 射るように睨み付けてから、ノーラはくるりとマリアンの方を向いた。その顔には、いつもの優しい笑みが浮かんでいた。

「大丈夫です、マリアンお嬢様。たとえ奥様がなにをしようと、私が絶対、守ってさしあげます。だから正直に答えていいのですよ?」

 腰を屈め、ノーラがマリアンの目線の高さに合わす。マリアンは俯いたまま、びくっと肩を揺らした。

「……い、いじわるするひとはきらいです」

 ノーラが、ぴくりと片眉を動かした。

「それは奥様のことですか? それとも私のことですか?」

 責める口調に、それでもマリアンは負けじと、顔を上げた。

「……おかあさまをいじめないでください!」

 ノーラは目を丸くしてから、ゆっくり立ち上がった。笑みをすっと引っ込め、冷たい双眸を、マリアンに向けた。

「──だいたい。元を正せば、すべてあなたのせいではないですか。マリアンお嬢様がこの女に懐いたりしなければ、アシュリー様はきっと私を選んでくれた。なのにあなたは、長年お世話をしてきた私への恩を忘れ、ぽっと出のこの女に懐いた。あまりに酷い裏切りですよね。それでも私は、我慢したんですよ? お二人はきっと、目を覚ましてくれるって。なのに、こんな──」

 溜め込んでいた思いがおさえきれなくなったのか。ノーラは一気に言い切ったあと、こぶしを握り締めた。爪が食い込むほどの力に、血がぽたりと一滴、床に落ちた。

 言葉をなくし、呆然とそれを目で追っていたエミリアの耳に、ぱちんという、乾いた音が響いた。

「…………?」

 面を上げた視線の先に、顔を横に向けたマリアンと、右手を左斜め下にしたノーラの背中があった。

 マリアンは目をまん丸にしていたが、やがで、自分の左頬をそっと手で触れ、じわっと涙を浮かべた。

 マリアンがノーラに頬を打たれたと理解すると同時に、エミリアの中で、なにかがぷつんと切れる音がした。

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