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縁を切りたくない。それはエミリアも同じ。それだけは、確か。でも、自信が持てない。ここまで言ってくれているのに、情けなくて悔しくて、自分が嫌になる。
言葉をもらって、何度も否定しておきながら、動揺するなんて。
勝手にもほどがある。
(……わかっている)
駄目だよ、わたしなんか。
でも。
でも、まだ間に合うなら。
勇気を持って、少しだけ。
『もし少しでも心が揺れたなら、ゆっくりでいいから、向き合ってみるのもいいかもしれないわ。すぐにお付き合い、じゃなくてね』
──はい、チェルシーさん。
心はとっくに、揺れていたんです。
何度も。何度も。
なら。
「……あの」
「はい」
「……わたしの住所、ご存知なのですか?」
「ああ、いえ。姉上に送って、それからあなたに渡してもらおうと」
そうですか。
エミリアはこぶしを強く握り、顔を上げた。
「住所、お教えするので、わたしに直接送ってきてください。そして──やっぱりわたしじゃ駄目だな、とか。他に気になる方ができたら、それを手紙で教えてくれると、助かります」
決意を宿した双眸に、アシュリーが目を見開く。でも、ふとエミリアのこぶしが小刻みに震えているのが目に入って、思わず頬が緩んだ。
勇気を出してくれたのが、伝わってきたから。
「……はい。はい、約束します。エミリアさんも、約束してくれますか?」
「わたし? わたしはそんな」
「靴屋の息子さんに、告白をされたのでしょう?」
エミリアはギョッとし「ど、どうしてっ」と、オロオロしていた。
「すみません。姉上に、手紙で教えてもらいました」
「シンディーさん? え? だってあの場には、チェルシーさんしかいなかったはず……」
「チェルシーさん──エミリアさんが働いているお店の店長さんですね。姉上と親交が?」
「顔見知りではあるかもしれませんが、二人が親しいなど、少なくともわたしは聞いたことが……」
うーん。
なんとなく想像がついたアシュリーは、困ったように笑った。
「なら二人は、エミリアさんのおかげで親しくなったのかもしれませんね」
「…………。お節介、ですか?」
「おそらく」
互いにしばし無言になったあと、エミリアは「気にせずにいきましょう」と、胸にこぶしをあてた。
「大丈夫です。わたし、フラれる準備はできていますから」
「……それだと、エミリアさんがわたしを好きだということになりますが」
「正直に申しますと、わたしは幼い頃からずっとアンガスと結婚するものと思い込んでいて。あの男以外を好きになったことも、好きになろうとしたこともないのです。だから、恋愛というものがよくわかっていないのかもしれません」
「……なるほど。わたしも案外、似たようなものかもしれませんね」
顎に手を当てるアシュリーに、エミリアが「アシュリーさんも、奥様とは幼なじみだったのですか?」とたずねると、アシュリーは、いえ、と答えた。
「学園に通っているときに、元妻に猛アプローチをされた末に、結婚しました。わたしはあまり積極的な方ではなく、正直、ぐいぐい来られる方が楽だったというか。好きだ愛していると毎日言われ続け、わたしもそうなのだと段々思うようになっていき、付き合いをはじめました。ですので、自分から誰かを好きになったことはないかなと……」
恋愛経験豊富そうな相手の意外な真実に、エミリアの心はなんだかくすぐったくなった。同時に、気を張っていたなにかが緩んだ気がした。
「ふふ。なんだか少し、安心しました」
アシュリーが「なら、よかったです」と、小さく笑った。シンディーもクリフトンも整った容姿をしていて、綺麗だなあと思う。でも、アシュリーの綺麗な笑顔は、なんだか胸がドキドキした。
恋のはじまりは、はたしてこのときだったのか。それはわからないが、二人の手紙のやり取りは、ここからはじまった。会う頻度は、年に数回。季節を三回繰り返しても、それは途切れることなく続き。
そうして迎えた、ある春の日。
交際期間一年を経て、たくさんの人たちに祝福されながら、二人は結婚した。
恐怖を断ち切り、エミリアは街を出て、王都へ移住した。はじまる二度目の結婚生活。
アンガスのときにも感じた、新しい生活に対する不安や緊張。同じぐらいの、愛する人と暮らす幸福感。
違うのは、相手の顔が良すぎることと、それに慣れていないこと。
今では考えられないが、アンガスとは小さい頃から一緒だったせいか、結婚する前からもう家族のような存在で。愛してはいたが、胸が高鳴ることはあまりなかった。傍にいるのが当たり前だったから。
でも、アシュリーは違う。
いまだに口付けだけで顔が赤くなるし、ふとした微笑みに、見惚れてしまうこともしばしば。
しかし、これも遠距離恋愛を続けていたせいで、結婚生活がはじまればアンガスのときのような感じになるのだろう。
そう、予想していたのだが。
結婚生活は、エミリアの想像とはまるで違っていた。
言葉をもらって、何度も否定しておきながら、動揺するなんて。
勝手にもほどがある。
(……わかっている)
駄目だよ、わたしなんか。
でも。
でも、まだ間に合うなら。
勇気を持って、少しだけ。
『もし少しでも心が揺れたなら、ゆっくりでいいから、向き合ってみるのもいいかもしれないわ。すぐにお付き合い、じゃなくてね』
──はい、チェルシーさん。
心はとっくに、揺れていたんです。
何度も。何度も。
なら。
「……あの」
「はい」
「……わたしの住所、ご存知なのですか?」
「ああ、いえ。姉上に送って、それからあなたに渡してもらおうと」
そうですか。
エミリアはこぶしを強く握り、顔を上げた。
「住所、お教えするので、わたしに直接送ってきてください。そして──やっぱりわたしじゃ駄目だな、とか。他に気になる方ができたら、それを手紙で教えてくれると、助かります」
決意を宿した双眸に、アシュリーが目を見開く。でも、ふとエミリアのこぶしが小刻みに震えているのが目に入って、思わず頬が緩んだ。
勇気を出してくれたのが、伝わってきたから。
「……はい。はい、約束します。エミリアさんも、約束してくれますか?」
「わたし? わたしはそんな」
「靴屋の息子さんに、告白をされたのでしょう?」
エミリアはギョッとし「ど、どうしてっ」と、オロオロしていた。
「すみません。姉上に、手紙で教えてもらいました」
「シンディーさん? え? だってあの場には、チェルシーさんしかいなかったはず……」
「チェルシーさん──エミリアさんが働いているお店の店長さんですね。姉上と親交が?」
「顔見知りではあるかもしれませんが、二人が親しいなど、少なくともわたしは聞いたことが……」
うーん。
なんとなく想像がついたアシュリーは、困ったように笑った。
「なら二人は、エミリアさんのおかげで親しくなったのかもしれませんね」
「…………。お節介、ですか?」
「おそらく」
互いにしばし無言になったあと、エミリアは「気にせずにいきましょう」と、胸にこぶしをあてた。
「大丈夫です。わたし、フラれる準備はできていますから」
「……それだと、エミリアさんがわたしを好きだということになりますが」
「正直に申しますと、わたしは幼い頃からずっとアンガスと結婚するものと思い込んでいて。あの男以外を好きになったことも、好きになろうとしたこともないのです。だから、恋愛というものがよくわかっていないのかもしれません」
「……なるほど。わたしも案外、似たようなものかもしれませんね」
顎に手を当てるアシュリーに、エミリアが「アシュリーさんも、奥様とは幼なじみだったのですか?」とたずねると、アシュリーは、いえ、と答えた。
「学園に通っているときに、元妻に猛アプローチをされた末に、結婚しました。わたしはあまり積極的な方ではなく、正直、ぐいぐい来られる方が楽だったというか。好きだ愛していると毎日言われ続け、わたしもそうなのだと段々思うようになっていき、付き合いをはじめました。ですので、自分から誰かを好きになったことはないかなと……」
恋愛経験豊富そうな相手の意外な真実に、エミリアの心はなんだかくすぐったくなった。同時に、気を張っていたなにかが緩んだ気がした。
「ふふ。なんだか少し、安心しました」
アシュリーが「なら、よかったです」と、小さく笑った。シンディーもクリフトンも整った容姿をしていて、綺麗だなあと思う。でも、アシュリーの綺麗な笑顔は、なんだか胸がドキドキした。
恋のはじまりは、はたしてこのときだったのか。それはわからないが、二人の手紙のやり取りは、ここからはじまった。会う頻度は、年に数回。季節を三回繰り返しても、それは途切れることなく続き。
そうして迎えた、ある春の日。
交際期間一年を経て、たくさんの人たちに祝福されながら、二人は結婚した。
恐怖を断ち切り、エミリアは街を出て、王都へ移住した。はじまる二度目の結婚生活。
アンガスのときにも感じた、新しい生活に対する不安や緊張。同じぐらいの、愛する人と暮らす幸福感。
違うのは、相手の顔が良すぎることと、それに慣れていないこと。
今では考えられないが、アンガスとは小さい頃から一緒だったせいか、結婚する前からもう家族のような存在で。愛してはいたが、胸が高鳴ることはあまりなかった。傍にいるのが当たり前だったから。
でも、アシュリーは違う。
いまだに口付けだけで顔が赤くなるし、ふとした微笑みに、見惚れてしまうこともしばしば。
しかし、これも遠距離恋愛を続けていたせいで、結婚生活がはじまればアンガスのときのような感じになるのだろう。
そう、予想していたのだが。
結婚生活は、エミリアの想像とはまるで違っていた。
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