理想の妻とやらと結婚できるといいですね。

ふまさ

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「姉上のお節介は、わたしとマリアンの気持ちをきちんと考慮したうえでのものです。それは疑わないで」

 真剣な声色に、エミリアはゆっくりと顔を上げた。柔らかい日差しの中、弱い風が吹き、エミリアの薄茶色の髪を揺らした。アシュリーはマリアンが座っていた椅子に片手をつき、目にかかりそうなエミリアの髪を指でそっと払った。

 かあっ。
 今までにない近距離に、エミリアの顔が赤くなった。整っている顔面は、クリフトンとシンディーのおかけで免疫がついてきていたものの、これは完全なる不意打ちだった。

 そもそも、アンガス以外の男性に髪を触られることじたい、エミリアははじめてだった。

 ガタッ。音を立て、エミリアが椅子から勢いよく立ち上がる。しまったと思いつつ、アシュリーはどこか、安堵していた。

(……少しは異性として意識されていると受け取っていいのか?)

「わ、わたし。急な用事を思い出したので、帰ります。シンディーさんたちに、よろしくお伝えくださいっ」

 わかりやすすぎる嘘をつき、エミリアは背を向けた。アシュリーは考える間もなく立ち上がると、エミリアの腕を掴んだ。

「わたしは、あまりまとまった休みを取ることができません。だから、この街を頻繁に訪れることはできない。でもあなたは、この街から出たくないのですよね?」

 アシュリーの行動と台詞が予想外すぎて、振り返るエミリアの目は、見開かれていた。

「……? そう、ですね。気にしすぎかもしれませんが、やはり、怖くはありますので……」

「なら、手紙のやり取りからはじめませんか? わたしたちはまだ、お互いのことを知らなさすぎる」

「知っても、それは意味のないことです。あなたにはもっと、相応しい方がたくさんいるはずです」

「──例えば、どのような?」

 真剣な双眸を向けられ、エミリアが視線を僅かに逸らす。

「き、綺麗で優しくて、品があって。でも芯が通った強さがあるような……なにより」

「マリアンを愛してくれる女性、ですか?」

「その通りです」

「……それをあなたに求めるのは、やはり酷ですか?」

「……マリアンちゃんがわたしを慕ってくれているのはわかります。でもそれは、父親の伯母の友人という距離感だからだと思うのです。母親となれば、それはまったく別次元の話……ですよね?」

 それでも。
 アシュリーは、エミリアの腕を掴む力を少し強めた。

「それでも、マリアンが他人を慕うのはあなたがはじめてだし、わたしもあなたとの縁を、切ってしまいたくはない」

 ──自信をなくした、頑ななこの人に。なにを言えば、響くのだろう。

 必死で思考を動かすが、結局答えはまとまらず。

「……守りたいと想った女性は、あなたがはじめてでした」

 ぽつりと呟き、アシュリーは小さく笑った。

「あなた宛に手紙を書きます。もし返事がなければ、そのときは、潔く諦めることにします」

 どくん。
 エミリアの心臓が一つ、跳ねた。


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