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 街から出ることを怖れるエミリアと、仕事が忙しくて中々まとまった休みを取れなかったアシュリー。二人が再会を果たしたのは、それから半年以上経ってからのことだった。

「エミリアさんっ」

 アシュリーたちが訪れる日に屋敷に招待されたエミリアは、手土産片手に、シンディーたちの元に来ていた。

「マリアンちゃん、お久しぶりですね。少し大きくなられたのでは?」

「はい。しんちょうがすこしのびました!」

「素晴らしいです。そんなマリアンちゃんにお土産があるのですか、受け取ってくれますか?」

「?! なんですか?」

 エミリアはポケットから、花を刺繍した一枚のハンカチを取り出した。

「マリアンちゃんが好きだと教えてくれたデイジーの花を刺繍したハンカチです。送ってもよかったんですが、やっぱり、直接渡したいなって」

「ありがとうございますっ」

 マリアンはそれを両手で受け取ると、勢いよく後ろにいるアシュリーを振り向き、目を輝かせながらドヤッと自慢気な顔をした。

(……マリアンだけお土産を貰ったという自慢がしたいのか。それとも、やっぱりエミリアさんは父様よりマリアンを見てくれたでしょうと言いたいのか。どちらだろう)

「アシュリーさんも、お久しぶりです」

 立ち上がり、ぺこりと頭を下げるエミリアにあいさつを返しながら、アシュリーは自分の隣に立つシンディーをちらっと見た。

 やけに上機嫌の姉が最近送ってくる手紙には、やたらエミリアの近況報告が書かれていたりする。その思惑は、考えるまでもない。だからこそ、アシュリーは柄にもなく、少し緊張していた。


 夜勤明けのクリフトンも加わり、大人が四人と、子ども二人のお茶会がはじまった。天気がいいので、お庭はどうでしょう。シンディーの提案に、みなが庭のテーブルの前に集まる。マリアンを真ん中に、アシュリーとエミリアが並んで座る。正面には、同じように、息子を挟んだシンディーとクリフトンが腰掛ける。

 会話の中。確信はないものの、シンディーはアシュリーの近況など、エミリアにはなにも伝えていない風だった。

(……姉上のせいで意識してしまうせいか、つい視線がエミリアさんに向いてしまうな。しかし)

 驚くほど目が合わない。合わせないよう意識しているようにも見えない。

(女性とこんなに目が合わないの、珍しいな。いつもはよく──ん?)

 ふと振り返ってみれば、妻と離縁してからというもの、やたらと女性と目が合い、話しかけられることが増えたように思う。それは、使用人の二人も同じで。

(あまり気にしていなかったけど……近頃、手紙や荷物を受け取るとき、手が触れることがやたら多くなったような。いや、気のせいか……?)

「──マリアンちゃん、眠いですか?」

 気遣うようなエミリアの声色に隣を見れば、マリアンがうつらうつらしていた。

「長距離の移動でしたから、疲れたんでしょう。姉上、いつもの客室の寝室を使わせてもらいますね」
 
「疲れているのはアシュリーもでしょう? マリアンのことはわたくしたちにまかせて。ね、あなた」

「そうだな」

 お前もそろそろ昼寝の時間だろうと、クリフトンが息子を見て立ち上がる。ぼくまだねむくないですと不思議がる息子を抱き上げ、同じくマリアンを抱き上げたシンディーと、止める間もなく屋敷の中へ入っていってしまった。

 傍に控えていたはずの使用人もいつの間にやら姿を消していて、気付けばアシュリーは、エミリアと二人きりになっていた。

(絶対に姉上の指示だ……)

 気まずそうに左隣へ視線を向けると、エミリアは呆気にとられ、目を丸くしていた。頭を抱えそうになるアシュリー。

「……すみません」

 呟いたのは、アシュリーではなく、エミリアだった。今度はアシュリーが呆然とした。

「どうしてエミリアさんが謝るのですか?」

「……シンディーさんはたぶん、わたしに負い目があって……だからこのようなことを」

「負い目?」

「……シンディーさんは被害者で、ちっとも悪くはないのですが。お優しい方ですので……」

 話が全然見えない。困惑するアシュリーに、エミリアは元夫とどうして離縁することになったのか。その訳を説明した。





「やはり、アシュリーさんはなにも聞いていらっしゃらなかったのですね」

「……すべて、初耳です」

 アシュリーが、ぼんやり掠れた声で答える。元妻も大概酷かったが、エミリアの元夫も、相当なものだった。

「巻き込んでしまい、申し訳ありません。まさかシンディーさんが、ここまで追い詰められていたなんて思いもよらず……わたしからきちんと、自分の気持ちを説明しておきますね」

「……自分の気持ち?」

「はい。わたしはもう、恋愛も結婚もしたくないのです。なにより──少し飛躍しすぎかもですが、シンディーさんの大切な弟であるアシュリーさんの奥様も、マリアンちゃんの母親も、わたしのような女になってほしくはありません」

「…………え?」

 突っ込みどころが多すぎて、アシュリーは数秒、固まってしまった。

「……待ってください。前にも、わたしなんかと卑下していましたが、それは離縁してからですか? 元夫の言葉に影響を受けて?」

「自分でも、あんな男に振り回されるのは愚かだと思います。でも、消えないのです。『わたしなんか』を、無意識に口癖にしてしまっていることも、アシュリーさんに指摘されてはじめて気付きました。それほどまでに、影響されてしまっている……いえ。もしかするとわたしは、元から根が暗かったのかもしれせん。こんなわたしとアシュリーさんがどうこうなるなんて、ありえません。シンディーさんが戻られたら、きちんとお話せねばっ」

 エミリアが俯き、ぐっと小さくこぶしを握る。それを視界に捉えながら、アシュリーは胸中で呟いた。

 ──違う、と。

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