22 / 35
22
しおりを挟む
「好きです。オレと付き合ってください」
告白されたのは、その日の夕刻。店を出た直後のことだった。
その人は、街の靴屋の息子で。まだ修業中の身で、いずれは後を継ぐ、エミリアより一つ下の男性だった。
アンガス以外に告白されたことがなかったエミリアは、思考が追いつかず、頭が真っ白になった。
近くにいたチェルシーに「エミリアちゃん! エミリアちゃん!」と、ちょっと嬉しそうに肩を軽く揺すられ、ようやくはっと意識を取り戻した。
「……人違い、では」
恐る恐る聞くと、男性は「いえ、合っています」と、きっぱり答えた。
「エミリアさんは、その、当分恋愛とかしたくないんじゃないかと……もう少し待った方がいいかな、なんて考えていたら……一昨日、やたら容姿が整っている男性と親しげに話しているのを見てしまって」
「あ、あの人はシンディーさんの弟さんで。奥様のことについてちょっと相談を受けていただけです!」
ついムキになって弁明すると、男性は「そうだったんですね」と胸をなで下ろし、続けた。
「ぐずぐずしてたら、他の男に取られてしまうと思って、告白する決意をしました。オレと、付き合ってくれませんか?」
「ほ、他の男になんて、そんな……わたしなんか、誰も──」
はたと言葉を途切れさせたエミリアに、男性とチェルシーが揃って首を傾げた。
『……わたしなんか、って。それは口癖?』
脳裏に突然、アシュリーの声が響いた。
(……? なんで?)
『──一人で頑張って生きて、まわりの人たちから愛されているきみと、話がしてみたいと思った』
「エミリアさん?」
「あ、の。お察しの通り、わたしは付き合うとか、ちょっとそういうのは、まだ考えられなくて……すみません」
答えながら、どうしてこのタイミングでアシュリーとの会話が頭を巡ったのかわからず、エミリアは混乱していた。
そんなエミリアの様子を、男性はどう思ったのか。
「そうですか。わかりました。なら時間をおいて、また告白しますね」
気分を害した風でもなく、そう言って去って行った。
「……あ」
なんだかとても悪いことをしてしまったような気がして、エミリアは男性の背中に手を伸ばした。むろん、届くはずもなく、エミリアはすぐにその手をだらんと下げた。
「エミリアちゃん、大丈夫?」
後ろで見守ってくれていたチェルシーに声をかけられたエミリアは、ゆっくりと顔をそちらに向けた。
「……せっかく好きだって言ってくれたのに、断ってしまいました」
「あらあら、そんなこと。エミリアちゃんは、いまの正直な気持ちを伝えたのでしょう? それは、ちゃんとした誠意よ」
「……そうでしょうか」
「それにね。私はあの子のことを知っているけど、ちゃんとした子よ。もし少しでも心が揺れたなら、ゆっくりでいいから、向き合ってみるのもいいかもしれないわ。すぐにお付き合い、じゃなくてね」
──心が揺れたなら。
思い浮かんだのは、告白してくれた男性ではなく、別の男性の顔で。
「…………」
エミリアは罪悪感から、顔を手で覆い、その場にしゃがみ込んでしまった。チェルシーが「エミリアちゃん!?」と心配してくれたけど、しばらく動くことができなかった。
告白されたのは、その日の夕刻。店を出た直後のことだった。
その人は、街の靴屋の息子で。まだ修業中の身で、いずれは後を継ぐ、エミリアより一つ下の男性だった。
アンガス以外に告白されたことがなかったエミリアは、思考が追いつかず、頭が真っ白になった。
近くにいたチェルシーに「エミリアちゃん! エミリアちゃん!」と、ちょっと嬉しそうに肩を軽く揺すられ、ようやくはっと意識を取り戻した。
「……人違い、では」
恐る恐る聞くと、男性は「いえ、合っています」と、きっぱり答えた。
「エミリアさんは、その、当分恋愛とかしたくないんじゃないかと……もう少し待った方がいいかな、なんて考えていたら……一昨日、やたら容姿が整っている男性と親しげに話しているのを見てしまって」
「あ、あの人はシンディーさんの弟さんで。奥様のことについてちょっと相談を受けていただけです!」
ついムキになって弁明すると、男性は「そうだったんですね」と胸をなで下ろし、続けた。
「ぐずぐずしてたら、他の男に取られてしまうと思って、告白する決意をしました。オレと、付き合ってくれませんか?」
「ほ、他の男になんて、そんな……わたしなんか、誰も──」
はたと言葉を途切れさせたエミリアに、男性とチェルシーが揃って首を傾げた。
『……わたしなんか、って。それは口癖?』
脳裏に突然、アシュリーの声が響いた。
(……? なんで?)
『──一人で頑張って生きて、まわりの人たちから愛されているきみと、話がしてみたいと思った』
「エミリアさん?」
「あ、の。お察しの通り、わたしは付き合うとか、ちょっとそういうのは、まだ考えられなくて……すみません」
答えながら、どうしてこのタイミングでアシュリーとの会話が頭を巡ったのかわからず、エミリアは混乱していた。
そんなエミリアの様子を、男性はどう思ったのか。
「そうですか。わかりました。なら時間をおいて、また告白しますね」
気分を害した風でもなく、そう言って去って行った。
「……あ」
なんだかとても悪いことをしてしまったような気がして、エミリアは男性の背中に手を伸ばした。むろん、届くはずもなく、エミリアはすぐにその手をだらんと下げた。
「エミリアちゃん、大丈夫?」
後ろで見守ってくれていたチェルシーに声をかけられたエミリアは、ゆっくりと顔をそちらに向けた。
「……せっかく好きだって言ってくれたのに、断ってしまいました」
「あらあら、そんなこと。エミリアちゃんは、いまの正直な気持ちを伝えたのでしょう? それは、ちゃんとした誠意よ」
「……そうでしょうか」
「それにね。私はあの子のことを知っているけど、ちゃんとした子よ。もし少しでも心が揺れたなら、ゆっくりでいいから、向き合ってみるのもいいかもしれないわ。すぐにお付き合い、じゃなくてね」
──心が揺れたなら。
思い浮かんだのは、告白してくれた男性ではなく、別の男性の顔で。
「…………」
エミリアは罪悪感から、顔を手で覆い、その場にしゃがみ込んでしまった。チェルシーが「エミリアちゃん!?」と心配してくれたけど、しばらく動くことができなかった。
1,103
お気に入りに追加
1,921
あなたにおすすめの小説

【完結】私を忘れてしまった貴方に、憎まれています
高瀬船
恋愛
夜会会場で突然意識を失うように倒れてしまった自分の旦那であるアーヴィング様を急いで邸へ連れて戻った。
そうして、医者の診察が終わり、体に異常は無い、と言われて安心したのも束の間。
最愛の旦那様は、目が覚めると綺麗さっぱりと私の事を忘れてしまっており、私と結婚した事も、お互い愛を育んだ事を忘れ。
何故か、私を憎しみの籠った瞳で見つめるのです。
優しかったアーヴィング様が、突然見知らぬ男性になってしまったかのようで、冷たくあしらわれ、憎まれ、私の心は日が経つにつれて疲弊して行く一方となってしまったのです。
婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?
すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。
人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。
これでは領民が冬を越せない!!
善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。
『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』
と……。
そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

婚約破棄された公爵令嬢は本当はその王国にとってなくてはならない存在でしたけど、もう遅いです
神崎 ルナ
恋愛
ロザンナ・ブリオッシュ公爵令嬢は美形揃いの公爵家の中でも比較的地味な部類に入る。茶色の髪にこげ茶の瞳はおとなしめな外見に拍車をかけて見えた。そのせいか、婚約者のこのトレント王国の王太子クルクスル殿下には最初から塩対応されていた。
そんな折り、王太子に近付く女性がいるという。
アリサ・タンザイト子爵令嬢は、貴族令嬢とは思えないほどその親しみやすさで王太子の心を捕らえてしまったようなのだ。
仲がよさげな二人の様子を見たロザンナは少しばかり不安を感じたが。
(まさか、ね)
だが、その不安は的中し、ロザンナは王太子に婚約破棄を告げられてしまう。
――実は、婚約破棄され追放された地味な令嬢はとても重要な役目をになっていたのに。
(※誤字報告ありがとうございます)
【完結】恋は、終わったのです
楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。
今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。
『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』
身長を追い越してしまった時からだろうか。
それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。
あるいは――あの子に出会った時からだろうか。
――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。
婚約破棄を、あなたのために
月山 歩
恋愛
私はあなたが好きだけど、あなたは彼女が好きなのね。だから、婚約破棄してあげる。そうして、別れたはずが、彼は騎士となり、領主になると、褒章は私を妻にと望んだ。どうして私?彼女のことはもういいの?それともこれは、あなたの人生を台無しにした私への復讐なの?

どうか、お幸せになって下さいね。伯爵令嬢はみんなが裏で動いているのに最後まで気づかない。
しげむろ ゆうき
恋愛
キリオス伯爵家の娘であるハンナは一年前に母を病死で亡くした。そんな悲しみにくれるなか、ある日、父のエドモンドが愛人ドナと隠し子フィナを勝手に連れて来てしまったのだ。
二人はすぐに屋敷を我が物顔で歩き出す。そんな二人にハンナは日々困らされていたが、味方である使用人達のおかげで上手くやっていけていた。
しかし、ある日ハンナは学園の帰りに事故に遭い……。

妹に全てを奪われた私、実は周りから溺愛されていました
日々埋没。
恋愛
「すまないが僕は真実の愛に目覚めたんだ。ああげに愛しきは君の妹ただ一人だけなのさ」
公爵令嬢の主人公とその婚約者であるこの国の第一王子は、なんでも欲しがる妹によって関係を引き裂かれてしまう。
それだけでは飽き足らず、妹は王家主催の晩餐会で婚約破棄された姉を大勢の前で笑いものにさせようと計画するが、彼女は自分がそれまで周囲の人間から甘やかされていた本当の意味を知らなかった。
そして実はそれまで虐げられていた主人公こそがみんなから溺愛されており、晩餐会の現場で真実を知らされて立場が逆転した主人公は性格も見た目も醜い妹に決別を告げる――。
※本作は過去に公開したことのある短編に修正を加えたものです。

姉の所為で全てを失いそうです。だから、その前に全て終わらせようと思います。もちろん断罪ショーで。
しげむろ ゆうき
恋愛
姉の策略により、なんでも私の所為にされてしまう。そしてみんなからどんどんと信用を失っていくが、唯一、私が得意としてるもので信じてくれなかった人達と姉を断罪する話。
全12話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる