理想の妻とやらと結婚できるといいですね。

ふまさ

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「好きです。オレと付き合ってください」

 告白されたのは、その日の夕刻。店を出た直後のことだった。

 その人は、街の靴屋の息子で。まだ修業中の身で、いずれは後を継ぐ、エミリアより一つ下の男性だった。

 アンガス以外に告白されたことがなかったエミリアは、思考が追いつかず、頭が真っ白になった。

 近くにいたチェルシーに「エミリアちゃん! エミリアちゃん!」と、ちょっと嬉しそうに肩を軽く揺すられ、ようやくはっと意識を取り戻した。

「……人違い、では」

 恐る恐る聞くと、男性は「いえ、合っています」と、きっぱり答えた。

「エミリアさんは、その、当分恋愛とかしたくないんじゃないかと……もう少し待った方がいいかな、なんて考えていたら……一昨日、やたら容姿が整っている男性と親しげに話しているのを見てしまって」

「あ、あの人はシンディーさんの弟さんで。奥様のことについてちょっと相談を受けていただけです!」

 ついムキになって弁明すると、男性は「そうだったんですね」と胸をなで下ろし、続けた。

「ぐずぐずしてたら、他の男に取られてしまうと思って、告白する決意をしました。オレと、付き合ってくれませんか?」

「ほ、他の男になんて、そんな……わたしなんか、誰も──」

 はたと言葉を途切れさせたエミリアに、男性とチェルシーが揃って首を傾げた。


『……わたしなんか、って。それは口癖?』


 脳裏に突然、アシュリーの声が響いた。

(……? なんで?)


『──一人で頑張って生きて、まわりの人たちから愛されているきみと、話がしてみたいと思った』


「エミリアさん?」

「あ、の。お察しの通り、わたしは付き合うとか、ちょっとそういうのは、まだ考えられなくて……すみません」

 答えながら、どうしてこのタイミングでアシュリーとの会話が頭を巡ったのかわからず、エミリアは混乱していた。

 そんなエミリアの様子を、男性はどう思ったのか。

「そうですか。わかりました。なら時間をおいて、また告白しますね」

 気分を害した風でもなく、そう言って去って行った。

「……あ」

 なんだかとても悪いことをしてしまったような気がして、エミリアは男性の背中に手を伸ばした。むろん、届くはずもなく、エミリアはすぐにその手をだらんと下げた。

「エミリアちゃん、大丈夫?」

 後ろで見守ってくれていたチェルシーに声をかけられたエミリアは、ゆっくりと顔をそちらに向けた。

「……せっかく好きだって言ってくれたのに、断ってしまいました」

「あらあら、そんなこと。エミリアちゃんは、いまの正直な気持ちを伝えたのでしょう? それは、ちゃんとした誠意よ」

「……そうでしょうか」

「それにね。私はあの子のことを知っているけど、ちゃんとした子よ。もし少しでも心が揺れたなら、ゆっくりでいいから、向き合ってみるのもいいかもしれないわ。すぐにお付き合い、じゃなくてね」

 ──心が揺れたなら。

 思い浮かんだのは、告白してくれた男性ではなく、別の男性の顔で。

「…………」

 エミリアは罪悪感から、顔を手で覆い、その場にしゃがみ込んでしまった。チェルシーが「エミリアちゃん!?」と心配してくれたけど、しばらく動くことができなかった。


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