理想の妻とやらと結婚できるといいですね。

ふまさ

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「エミリアさん。昨日ぶりですね」

「…………はい」

 翌日にエミリアは、アシュリーと顔を合わせていた。



 今日は店の定休日。

 あれからなにかと気にかけてくれたシンディーとはすっかり茶飲み友だちとなり、いまでは頻繁に会う仲となっていた。

 前からの約束でなにも考えずにシンディーの屋敷を訪れたエミリアは、自分は心底馬鹿なのだと思った。アシュリーはシンディーの弟で、この街にはシンディーを訪ねてきたのだから、屋敷に居てもなんらおかしくはない。おかしくはないのに、どうしてかその可能性を考えていなかったエミリアは、なんの心の準備もしておらず、素直に気まずかった。

 でも。

「昨日は、弟の相談にのってもらったのだとか。おかげでアシュリーは、あの女との離縁をきっぱりはっきり決めたそうですわ」

 シンディーに手を握られ、エミリアは「わ、わたしはなにも」と、シンディーの隣に立つ人物をちらっと見たが、アシュリーはニコニコとしていた。

「とんでもない。おかげで、迷いはなくなりましたから」

「……お役に立てたならよかったです」

 気を使ってくれているのか、本音なのか。それはわからないが、なんだか自意識過剰だったと恥ずかしくなった。

(それはそうか。彼にとって、わたしはとるにたらない存在だものね)

 胸のどこかが僅かにちくりと痛んだが、痛む理由がわからないエミリアは、気のせいかとそれを流した。

「……エミリアさん?」

 玄関ホールにいるエミリアたちを見つけたマリアンが、二階から階段を駆け下りてきた。アシュリーが「危ないから走らない!」と焦って声をかけると、はっとしたようにマリアンが速度を緩めた。そのやり取りに、なんだかほんわかした気持ちになった。

 エミリアの前で立ち止まったマリアンは、こんにちはとあいさつしながら、その場をくるっと回ってみせた。マリアンは昨日購入してくれたヘアアクセサリーで、髪を後ろに一つ括りにしていた。

「かわっ……嬉しっ」

 どちらの感想を先に述べようか迷ったすえ、ほとんど同時に口に出てしまった。口元を手で覆い、感激するエミリア。へへっ。照れくさそうに笑ったマリアンは、それからさっとアシュリーの足下に隠れてしまった。

「あらあら。聞いてはいたけれど、マリアンが自分からわたくしたち以外に話しかけるところ、はじめてみましたわ」

「ね、びっくりですよね」

 穏やかで温かい、小さな子どもを見守る空気。もしアンガスが優しいままのアンガスだったら、あり得たかもしれない光景。

 けれど。エミリアはもう、恋愛も結婚もしなければ、できなくてもいいとさえ思っていた。わたしなんか、誰にも愛されない。それもある。でも単純に、また同じことを繰り返すことが怖かった。

(……アシュリーさんの奥様、本当に馬鹿だな。こんな素敵な夫と可愛い娘を、自ら手放す真似をするなんて)

 少し離れた位置から三人を眺めていると、マリアンと一緒に遊んでいたであろうシンディーの息子が、遅れて二階からおりてきた。「おこしてよ!」と怒っていたことから、シンディーの息子はどうやら眠っていたらしい。
  
 まあまあと大人たちが宥めつつ、五人で応接室に集まり、お茶をした。エミリアがお土産に持ってきたクッキーと、シンディーが用意してくれた茶菓子を食べた。

 会話の流れで、アシュリーは王宮勤めの文官で、王都に住んでおり、明日の朝、この街を出立することを知った。

「ここから王都まで、馬車で何時間ほどかかるのですか?」

 王都にまだ一度も行ったことがないエミリアがたずねると、アシュリーは「丸一日はかかりますね」と答えた。

「そうですか。思っていたより、遠いのですね」

 国土が狭いルマヴァ王国で、馬車での移動で丸一日──すなわち二十四時間かかる王都は、はるか遠い地に思えた。そんな簡単に行き来できるような距離ではないのだとあらためて思い知ったエミリアは、今度こそ後悔のないように、卑屈な言葉は口にしないよう、心がけた。

「シンディーさんに会いにこられたさいには、またいつか、マリアンちゃんと一緒に、お店に来てくれたら嬉しいです」

「ええ、必ず」

 優しい笑みに、心から願う。

 どうか。次に会うときは、二人に相応しい、慈しんでくれる誰かが、傍にいてくれますよう。



 次の日の朝。

 アシュリーとマリアンは、街を出立した。その時刻、エミリアは自宅のアパートで、朝食をとっていた。



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