20 / 35
20
しおりを挟む
「──なんて。姉上に相談も兼ねて愚痴りにきたら、さっさと決断しなさいと屋敷を追い出されてしまったというわけです」
「……なるほど。でも、ご実家があるのなら、野垂れ死ぬなんてことはないのでは? それとも、もう亡くなられているとか?」
「妻の両親は健在ですが。本人いわく、不倫して離縁されたなんて知られたら、絶縁されるとのことらしいです。確かに厳格な家ですから、その可能性は大いにあるでしょうね」
「……なんというか。すべて奥様の自業自得なので、野垂れ死のうがどうなろうが、よくないですか?」
アシュリーは、はは、と笑った。
「姉上と同じことを言うのですね」
「なにか別の答えを求めていらしたら、ご期待に添えず申し訳ありません」
「いいえ。相談は建前で、本音は単に、あなたと話がしてみたかっただけかもしれません」
目を丸くするエミリアとアシュリーの視線が交差する。
「一人で頑張って生きて、まわりの人たちから愛されているきみと、話がしてみたかった。付き合ってくれて、ありがとうございました」
エミリアの片眉が、ぴくりと動いた。
「──離縁されても、一人で生きている女性がいたよって奥様に教えてあげるためですか?」
ざわり。心がなぜか、嫌な感じで蠢いた。
「わたしはただ、あの生活から逃げ出したかった。だからなり振り構わず必死になれた。それだけです。こんなわたしなんかと比べたら、奥様が気の毒ですよ」
──知らないから。
(わたしは、わたしに魅力がなかったせいで、離縁したんです)
なんて、言えるわけない。自分に非があって離縁したわけではないことが、なんだか急に、惨めに思えた。
俯き、沈黙するエミリアに、アシュリーは「……わたしなんか、って。それは口癖?」と、静かに問いかけてきた。でも、答えは求めていなかったようで。
「不快にさせてしまったのなら、謝罪します。妻と向き合うのが苦痛で、疲れてしまって……そんなときに、一生懸命に生きるあなたと、どうしてか話がしてみたいと思ってしまった。決して、あなたが言うような意図からではありません。それだけはどうか、信じてください」
真剣な声色に、エミリアは完全な八つ当たりだったとはっとした。慌てて立ち上がり、頭を下げる。
「すみません。わたし、憶測で失礼なことばかり言ってしまって……」
「こちらこそ。いくら姉上の知り合いでも、わたしとは初対面だったのに、あまりに馴れ馴れしかったですよね。どうかしてました。自分が考えるより、精神的に参っていたのかもしれません」
「……ああ。話が通じない人との会話は、精神的にきますから」
「実感がこもっていますねえ」
「わたしも、いろいろありましたので」
そうですか。
アシュリーは優しく微笑みながら立ち上がると「お時間をとらせてしまい、すみませんでした」と軽く頭を下げ、その場を後にしていった。
背中が見えなくなるまでなんとなく見送っていると、まだ串に残っていた肉が、冷めてしまっていた。
ベンチに座り、肉を食べる。アシュリーとの会話を改めて振り返ってみると、生意気だったり、失礼なことばかり言っていた気がする。
「……もう二度と、話しかけてはもらえないだろうな」
少しの寂しさを感じたが、これも自業自得かと、自嘲気味に一つ、笑った。
──が。
「……なるほど。でも、ご実家があるのなら、野垂れ死ぬなんてことはないのでは? それとも、もう亡くなられているとか?」
「妻の両親は健在ですが。本人いわく、不倫して離縁されたなんて知られたら、絶縁されるとのことらしいです。確かに厳格な家ですから、その可能性は大いにあるでしょうね」
「……なんというか。すべて奥様の自業自得なので、野垂れ死のうがどうなろうが、よくないですか?」
アシュリーは、はは、と笑った。
「姉上と同じことを言うのですね」
「なにか別の答えを求めていらしたら、ご期待に添えず申し訳ありません」
「いいえ。相談は建前で、本音は単に、あなたと話がしてみたかっただけかもしれません」
目を丸くするエミリアとアシュリーの視線が交差する。
「一人で頑張って生きて、まわりの人たちから愛されているきみと、話がしてみたかった。付き合ってくれて、ありがとうございました」
エミリアの片眉が、ぴくりと動いた。
「──離縁されても、一人で生きている女性がいたよって奥様に教えてあげるためですか?」
ざわり。心がなぜか、嫌な感じで蠢いた。
「わたしはただ、あの生活から逃げ出したかった。だからなり振り構わず必死になれた。それだけです。こんなわたしなんかと比べたら、奥様が気の毒ですよ」
──知らないから。
(わたしは、わたしに魅力がなかったせいで、離縁したんです)
なんて、言えるわけない。自分に非があって離縁したわけではないことが、なんだか急に、惨めに思えた。
俯き、沈黙するエミリアに、アシュリーは「……わたしなんか、って。それは口癖?」と、静かに問いかけてきた。でも、答えは求めていなかったようで。
「不快にさせてしまったのなら、謝罪します。妻と向き合うのが苦痛で、疲れてしまって……そんなときに、一生懸命に生きるあなたと、どうしてか話がしてみたいと思ってしまった。決して、あなたが言うような意図からではありません。それだけはどうか、信じてください」
真剣な声色に、エミリアは完全な八つ当たりだったとはっとした。慌てて立ち上がり、頭を下げる。
「すみません。わたし、憶測で失礼なことばかり言ってしまって……」
「こちらこそ。いくら姉上の知り合いでも、わたしとは初対面だったのに、あまりに馴れ馴れしかったですよね。どうかしてました。自分が考えるより、精神的に参っていたのかもしれません」
「……ああ。話が通じない人との会話は、精神的にきますから」
「実感がこもっていますねえ」
「わたしも、いろいろありましたので」
そうですか。
アシュリーは優しく微笑みながら立ち上がると「お時間をとらせてしまい、すみませんでした」と軽く頭を下げ、その場を後にしていった。
背中が見えなくなるまでなんとなく見送っていると、まだ串に残っていた肉が、冷めてしまっていた。
ベンチに座り、肉を食べる。アシュリーとの会話を改めて振り返ってみると、生意気だったり、失礼なことばかり言っていた気がする。
「……もう二度と、話しかけてはもらえないだろうな」
少しの寂しさを感じたが、これも自業自得かと、自嘲気味に一つ、笑った。
──が。
1,018
お気に入りに追加
1,920
あなたにおすすめの小説
うーん、別に……
柑橘 橙
恋愛
「婚約者はお忙しいのですね、今日もお一人ですか?」
と、言われても。
「忙しい」「後にしてくれ」って言うのは、むこうなんだけど……
あれ?婚約者、要る?
とりあえず、長編にしてみました。
結末にもやっとされたら、申し訳ありません。
お読みくださっている皆様、ありがとうございます。
誤字を訂正しました。
現在、番外編を掲載しています。
仲良くとのメッセージが多かったので、まずはこのようにしてみました。
後々第二王子が苦労する話も書いてみたいと思います。
☆☆辺境合宿編をはじめました。
ゆっくりゆっくり更新になると思いますが、お読みくださると、嬉しいです。
辺境合宿編は、王子視点が増える予定です。イラっとされたら、申し訳ありません。
☆☆☆誤字脱字をおしえてくださる方、ありがとうございます!
☆☆☆☆感想をくださってありがとうございます。公開したくない感想は、承認不要とお書きください。
よろしくお願いいたします。
アリシアの恋は終わったのです【完結】
ことりちゃん
恋愛
昼休みの廊下で、アリシアはずっとずっと大好きだったマークから、いきなり頬を引っ叩かれた。
その瞬間、アリシアの恋は終わりを迎えた。
そこから長年の虚しい片想いに別れを告げ、新しい道へと歩き出すアリシア。
反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。
案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。
ーーーーー
12話で完結します。
よろしくお願いします(´∀`)
そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。
しげむろ ゆうき
恋愛
男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない
そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった
全五話
※ホラー無し
【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい
高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。
だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。
クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。
ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。
【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】
私を侮辱する婚約者は早急に婚約破棄をしましょう。
しげむろ ゆうき
恋愛
私の婚約者は編入してきた男爵令嬢とあっという間に仲良くなり、私を侮辱しはじめたのだ。
だから、私は両親に相談して婚約を解消しようとしたのだが……。
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
どうやら婚約者が私と婚約したくなかったようなので婚約解消させて頂きます。後、うちを金蔓にしようとした事はゆるしません
しげむろ ゆうき
恋愛
ある日、婚約者アルバン様が私の事を悪く言ってる場面に遭遇してしまい、ショックで落ち込んでしまう。
しかもアルバン様が悪口を言っている時に側にいたのは、美しき銀狼、又は冷酷な牙とあだ名が付けられ恐れられている、この国の第三王子ランドール・ウルフイット様だったのだ。
だから、問い詰めようにもきっと関わってくるであろう第三王子が怖くて、私は誰にも相談できずにいたのだがなぜか第三王子が……。
○○sideあり
全20話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる