17 / 35
17
しおりを挟む
──数ヶ月後。
カラン。
店の扉につけられた鐘が鳴る。
「いらっしゃいませ」
仕事や暮らしにも少しずつ慣れ、笑顔であいさつをするエミリアが、そこにはいた。
(あら、可愛い)
親子だろうか。成人男性が一人と、三、四歳ぐらいの女の子が、手を繋いで店内に入ってきた。開店直後の、本日最初のお客様だったことあり、なんとなく二人の様子を見守っていると。
「おとうさま。これ、これキレイ」
女の子が手に取ったのは、エミリアが作った、ヘアアクセサリーだった。細かな刺繍が施されたそれは、エミリアにとっても自信作だったので、小さな女の子が純粋に気に入り、褒めてくれたことに、じーんと感激する。
「あら、お目が高い。それは、うちでも自慢の職人が作ったものなんですよ」
すすっと近付き、チェルシーが女の子に声をかけた。自慢の、と言われ、なんとなく気恥ずかしくて女の子から目線を逸らしそうになったが、チェルシーが「あそこにいる女の人が作ったんですよ」と教えたため、そういうわけにもいかなくなった。
女の子に顔を向け、にこっと微笑む。女の子がぱっと顔を明るくし、ててっとこちらに駆け寄ってきた。
(か、可愛い……っ)
腰を落とし、目線を合わせる。女の子がヘアアクセサリーを握りながら前に出し「これ、おばさまがつくったのですか?」と、目をキラキラさせた。
「は──」
い。と答える前に、女の子の父親が、焦ったように女の子の肩を掴んだ。
「こら、おばさまじゃなくて。おねえさまだろう?」
「? いえ。わたしの年なら、この子ぐらいの子どもがいてもおかしくはないので」
不思議そうに答えるエミリアの服の裾を、女の子は軽くついついと引っ張った。
「マリアンは、マリアンといいます。おなまえ、おしえてください」
「はい。わたしは、エミリアといいます」
「エミリアさま。どうやったら、こんなすてきなものがつくれるようになれますか?」
「さま、なんてつけなくていいですよ。ええと、そうですね。わたしは小さな頃から刺繍が好きで、ずーっとやり続けてきた結果です。だからそれ以外のことは、苦手だったりします」
「そうなのですか──あ」
父親が「もういいだろう」と、マリアンをひょいっと抱き上げた。
「いつもは初対面の人は怖がるのに、今日はどうしたんだ?」
父親の質問に、マリアンが、うーん、と悩む。まあいいか、と父親はヘアアクセサリーを指差した。
「お土産、これにするの?」
「これはマリアンのにします。いいですか?」
「いいよ。じゃあ、お土産はどれにする?」
仲の良さそうな親子は、ヘアアクセサリーと、マリアンが選んだハンカチを購入してくれた。
「「ありがとうございました」」
チェルシーと共にエミリアが腰を折る。ふと、女の子が小さく手を振っているのが見えて、エミリアはほっこりしながらそれに応えた。
店の扉が閉まると、チェルシーは「いい男に、可愛い女の子だったわねえ」と、ほうっと頬に手を添えた。
「ここいらじゃみない顔だったから、街の外から来たのでしょうけど。お土産って、きっと奥様によね。素直に羨ましいわぁ」
「あ、やっぱりそうだったんですね。旅──はないですかね。わざわざあんな小さな子を連れてくるほどの名所はないですし」
「知り合いでもいるのかしら。と」
店の扉の鐘が鳴り、常連の女性客が来店してきたことにより、話はここで途切れた。けれどエミリアとチェルシーが抱いた小さな疑問は、その日のうちに、解けることになる。
カラン。
店の扉につけられた鐘が鳴る。
「いらっしゃいませ」
仕事や暮らしにも少しずつ慣れ、笑顔であいさつをするエミリアが、そこにはいた。
(あら、可愛い)
親子だろうか。成人男性が一人と、三、四歳ぐらいの女の子が、手を繋いで店内に入ってきた。開店直後の、本日最初のお客様だったことあり、なんとなく二人の様子を見守っていると。
「おとうさま。これ、これキレイ」
女の子が手に取ったのは、エミリアが作った、ヘアアクセサリーだった。細かな刺繍が施されたそれは、エミリアにとっても自信作だったので、小さな女の子が純粋に気に入り、褒めてくれたことに、じーんと感激する。
「あら、お目が高い。それは、うちでも自慢の職人が作ったものなんですよ」
すすっと近付き、チェルシーが女の子に声をかけた。自慢の、と言われ、なんとなく気恥ずかしくて女の子から目線を逸らしそうになったが、チェルシーが「あそこにいる女の人が作ったんですよ」と教えたため、そういうわけにもいかなくなった。
女の子に顔を向け、にこっと微笑む。女の子がぱっと顔を明るくし、ててっとこちらに駆け寄ってきた。
(か、可愛い……っ)
腰を落とし、目線を合わせる。女の子がヘアアクセサリーを握りながら前に出し「これ、おばさまがつくったのですか?」と、目をキラキラさせた。
「は──」
い。と答える前に、女の子の父親が、焦ったように女の子の肩を掴んだ。
「こら、おばさまじゃなくて。おねえさまだろう?」
「? いえ。わたしの年なら、この子ぐらいの子どもがいてもおかしくはないので」
不思議そうに答えるエミリアの服の裾を、女の子は軽くついついと引っ張った。
「マリアンは、マリアンといいます。おなまえ、おしえてください」
「はい。わたしは、エミリアといいます」
「エミリアさま。どうやったら、こんなすてきなものがつくれるようになれますか?」
「さま、なんてつけなくていいですよ。ええと、そうですね。わたしは小さな頃から刺繍が好きで、ずーっとやり続けてきた結果です。だからそれ以外のことは、苦手だったりします」
「そうなのですか──あ」
父親が「もういいだろう」と、マリアンをひょいっと抱き上げた。
「いつもは初対面の人は怖がるのに、今日はどうしたんだ?」
父親の質問に、マリアンが、うーん、と悩む。まあいいか、と父親はヘアアクセサリーを指差した。
「お土産、これにするの?」
「これはマリアンのにします。いいですか?」
「いいよ。じゃあ、お土産はどれにする?」
仲の良さそうな親子は、ヘアアクセサリーと、マリアンが選んだハンカチを購入してくれた。
「「ありがとうございました」」
チェルシーと共にエミリアが腰を折る。ふと、女の子が小さく手を振っているのが見えて、エミリアはほっこりしながらそれに応えた。
店の扉が閉まると、チェルシーは「いい男に、可愛い女の子だったわねえ」と、ほうっと頬に手を添えた。
「ここいらじゃみない顔だったから、街の外から来たのでしょうけど。お土産って、きっと奥様によね。素直に羨ましいわぁ」
「あ、やっぱりそうだったんですね。旅──はないですかね。わざわざあんな小さな子を連れてくるほどの名所はないですし」
「知り合いでもいるのかしら。と」
店の扉の鐘が鳴り、常連の女性客が来店してきたことにより、話はここで途切れた。けれどエミリアとチェルシーが抱いた小さな疑問は、その日のうちに、解けることになる。
1,326
お気に入りに追加
1,921
あなたにおすすめの小説

【完結】私を忘れてしまった貴方に、憎まれています
高瀬船
恋愛
夜会会場で突然意識を失うように倒れてしまった自分の旦那であるアーヴィング様を急いで邸へ連れて戻った。
そうして、医者の診察が終わり、体に異常は無い、と言われて安心したのも束の間。
最愛の旦那様は、目が覚めると綺麗さっぱりと私の事を忘れてしまっており、私と結婚した事も、お互い愛を育んだ事を忘れ。
何故か、私を憎しみの籠った瞳で見つめるのです。
優しかったアーヴィング様が、突然見知らぬ男性になってしまったかのようで、冷たくあしらわれ、憎まれ、私の心は日が経つにつれて疲弊して行く一方となってしまったのです。
婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?
すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。
人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。
これでは領民が冬を越せない!!
善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。
『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』
と……。
そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

婚約破棄された公爵令嬢は本当はその王国にとってなくてはならない存在でしたけど、もう遅いです
神崎 ルナ
恋愛
ロザンナ・ブリオッシュ公爵令嬢は美形揃いの公爵家の中でも比較的地味な部類に入る。茶色の髪にこげ茶の瞳はおとなしめな外見に拍車をかけて見えた。そのせいか、婚約者のこのトレント王国の王太子クルクスル殿下には最初から塩対応されていた。
そんな折り、王太子に近付く女性がいるという。
アリサ・タンザイト子爵令嬢は、貴族令嬢とは思えないほどその親しみやすさで王太子の心を捕らえてしまったようなのだ。
仲がよさげな二人の様子を見たロザンナは少しばかり不安を感じたが。
(まさか、ね)
だが、その不安は的中し、ロザンナは王太子に婚約破棄を告げられてしまう。
――実は、婚約破棄され追放された地味な令嬢はとても重要な役目をになっていたのに。
(※誤字報告ありがとうございます)
【完結】恋は、終わったのです
楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。
今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。
『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』
身長を追い越してしまった時からだろうか。
それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。
あるいは――あの子に出会った時からだろうか。
――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。
婚約破棄を、あなたのために
月山 歩
恋愛
私はあなたが好きだけど、あなたは彼女が好きなのね。だから、婚約破棄してあげる。そうして、別れたはずが、彼は騎士となり、領主になると、褒章は私を妻にと望んだ。どうして私?彼女のことはもういいの?それともこれは、あなたの人生を台無しにした私への復讐なの?

どうか、お幸せになって下さいね。伯爵令嬢はみんなが裏で動いているのに最後まで気づかない。
しげむろ ゆうき
恋愛
キリオス伯爵家の娘であるハンナは一年前に母を病死で亡くした。そんな悲しみにくれるなか、ある日、父のエドモンドが愛人ドナと隠し子フィナを勝手に連れて来てしまったのだ。
二人はすぐに屋敷を我が物顔で歩き出す。そんな二人にハンナは日々困らされていたが、味方である使用人達のおかげで上手くやっていけていた。
しかし、ある日ハンナは学園の帰りに事故に遭い……。

妹に全てを奪われた私、実は周りから溺愛されていました
日々埋没。
恋愛
「すまないが僕は真実の愛に目覚めたんだ。ああげに愛しきは君の妹ただ一人だけなのさ」
公爵令嬢の主人公とその婚約者であるこの国の第一王子は、なんでも欲しがる妹によって関係を引き裂かれてしまう。
それだけでは飽き足らず、妹は王家主催の晩餐会で婚約破棄された姉を大勢の前で笑いものにさせようと計画するが、彼女は自分がそれまで周囲の人間から甘やかされていた本当の意味を知らなかった。
そして実はそれまで虐げられていた主人公こそがみんなから溺愛されており、晩餐会の現場で真実を知らされて立場が逆転した主人公は性格も見た目も醜い妹に決別を告げる――。
※本作は過去に公開したことのある短編に修正を加えたものです。
望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【忘れるな、憎い君と結婚するのは亡き妻の遺言だということを】
男爵家令嬢、ジェニファーは薄幸な少女だった。両親を早くに亡くし、意地悪な叔母と叔父に育てられた彼女には忘れられない初恋があった。それは少女時代、病弱な従姉妹の話し相手として滞在した避暑地で偶然出会った少年。年が近かった2人は頻繁に会っては楽しい日々を過ごしているうちに、ジェニファーは少年に好意を抱くようになっていった。
少年に恋したジェニファーは今の生活が長く続くことを祈った。
けれど従姉妹の体調が悪化し、遠くの病院に入院することになり、ジェニファーの役目は終わった。
少年に別れを告げる事もできずに、元の生活に戻ることになってしまったのだ。
それから十数年の時が流れ、音信不通になっていた従姉妹が自分の初恋の男性と結婚したことを知る。その事実にショックを受けたものの、ジェニファーは2人の結婚を心から祝うことにした。
その2年後、従姉妹は病で亡くなってしまう。それから1年の歳月が流れ、突然彼から求婚状が届けられた。ずっと彼のことが忘れられなかったジェニファーは、喜んで後妻に入ることにしたのだが……。
そこには残酷な現実が待っていた――
*他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる