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「エミリアさん。できればこれからも、シンディーと仲良くしてあげてくれませんか?」
「でも……シンディーさんを襲ったのは、他でもないわたしの元夫ですし……」
「あいつは──なんというか。近寄りがたい雰囲気があるのか、昔から男は寄ってきても、女性には敬遠されがちで」
「……魅力がありすぎるのも、難儀ですね」
真面目に返すと、クリフトンは、はは、と声を上げて笑った。
「あいつも、あなたと仲良くしたいと望んでいるんです。ただ、シンディーもあなたに負い目があるようで。自分のせいでこんなことになってしまったから、きっとわたしなんかと親しくなるのは嫌だろうな、なんて真剣に悩んでいましたよ」
エミリアは「なんでですか!」と、テーブルをこぶしでどんと叩いた。
「シンディーさんはなにも悪くないです! むしろ、というか立派な被害者じゃないですか!」
「なら今度、我が家に遊びにきてくれませんか?」
うっ。
わたしなんかが行っていいのだろうかと息が詰まったが、それだとシンディーと仲良くしたくないという意思に捉えられてしまいそうなのが嫌で、エミリアは「わ、わたしでよければ喜んで」と返答した。
「よかった。シンディーが喜びます」
優しい微笑みに、夫としてのアンガスとクリフトンを比べてしまいそうになったが、止めた。あまりに空しすぎる。
「お待たせしました」
ちょうど会話が途切れたタイミングで、二人分のチーズケーキとコーヒーが運ばれてきた。目の前に置かれ、ごゆっくりどうぞ、と店員が去って行く。
「団長様も、チーズケーキを召し上がられるんですね」
「こう見えて、甘い物には目がなくて」
「そうなのですか」
「先に食べます? それとも、アンガスからの言付けを聞いてからにしますか?」
エミリアは、ひくっと頬を引き攣らせた。
「言付けを聞いてからにします。せっかくのチーズケーキ。美味しく食べたいので」
「わかりました。まあ、私がこれをあなたに伝えようと思ったのは、あいつの意図とはまるで違ったところにあるのですが──」
こほん。咳払いをしてから、クリフトンは一気に告げた。
「『お互いに許し合ってやり直したい。ぼくが街から追放される日、街の外で待っていてほしい。別の街で、また一からはじめよう』だそうです」
「…………」
なんともいえない表情を浮かべるエミリア。こんな反応になるよなあと、クリフトンはなんとなくしみじみしていた。
「……許し合う、とは。なんなのでしょう」
「先ほども申し上げたとおり、なぜかあいつは、刑を受けるのはあなたのせいだと思い込んでいたので」
険しい表情で「……なるほど?」と、首を傾げるエミリア。全然納得していない様子に、クリフトンは少し、笑いそうになった。
「私がこの言付けを伝えようと思ったのは、あいつになにか言ってやりたいことがあるなら、これが最後の機会だと考えたからです。あなたがあいつとやり直したいなんてこと、天地がひっくり返ってもありえないですからね」
「……お心遣い、感謝します。そうですね。わたしはともかく、シンディーさんとなんの罪もない人を殴ったことに対して、せめてきちんと謝罪しろと打ってやりたいところではありますが──おそらく、会話は成り立たないでしょうし。もう顔も見たくないので、会うのは止めておくことにします」
「承知しました。これで、伝えたいことはすべてお伝えできましたので、食べましょうか」
「はい。今日を限りに、あいつのことは忘れることにします」
それがいいですね。
穏やかに笑い合う二人。
そして。アンガスが街から追放される日がやってきたが、エミリアの頭には、もはやそれはすっかり抜け落ち。
一日、二日。アンガスは街の外でエミリアを待ち続けたが、やがて空腹に耐えきれなくなったのか、フラフラと街から離れていく姿が、何人かの旅人に目撃された。
「でも……シンディーさんを襲ったのは、他でもないわたしの元夫ですし……」
「あいつは──なんというか。近寄りがたい雰囲気があるのか、昔から男は寄ってきても、女性には敬遠されがちで」
「……魅力がありすぎるのも、難儀ですね」
真面目に返すと、クリフトンは、はは、と声を上げて笑った。
「あいつも、あなたと仲良くしたいと望んでいるんです。ただ、シンディーもあなたに負い目があるようで。自分のせいでこんなことになってしまったから、きっとわたしなんかと親しくなるのは嫌だろうな、なんて真剣に悩んでいましたよ」
エミリアは「なんでですか!」と、テーブルをこぶしでどんと叩いた。
「シンディーさんはなにも悪くないです! むしろ、というか立派な被害者じゃないですか!」
「なら今度、我が家に遊びにきてくれませんか?」
うっ。
わたしなんかが行っていいのだろうかと息が詰まったが、それだとシンディーと仲良くしたくないという意思に捉えられてしまいそうなのが嫌で、エミリアは「わ、わたしでよければ喜んで」と返答した。
「よかった。シンディーが喜びます」
優しい微笑みに、夫としてのアンガスとクリフトンを比べてしまいそうになったが、止めた。あまりに空しすぎる。
「お待たせしました」
ちょうど会話が途切れたタイミングで、二人分のチーズケーキとコーヒーが運ばれてきた。目の前に置かれ、ごゆっくりどうぞ、と店員が去って行く。
「団長様も、チーズケーキを召し上がられるんですね」
「こう見えて、甘い物には目がなくて」
「そうなのですか」
「先に食べます? それとも、アンガスからの言付けを聞いてからにしますか?」
エミリアは、ひくっと頬を引き攣らせた。
「言付けを聞いてからにします。せっかくのチーズケーキ。美味しく食べたいので」
「わかりました。まあ、私がこれをあなたに伝えようと思ったのは、あいつの意図とはまるで違ったところにあるのですが──」
こほん。咳払いをしてから、クリフトンは一気に告げた。
「『お互いに許し合ってやり直したい。ぼくが街から追放される日、街の外で待っていてほしい。別の街で、また一からはじめよう』だそうです」
「…………」
なんともいえない表情を浮かべるエミリア。こんな反応になるよなあと、クリフトンはなんとなくしみじみしていた。
「……許し合う、とは。なんなのでしょう」
「先ほども申し上げたとおり、なぜかあいつは、刑を受けるのはあなたのせいだと思い込んでいたので」
険しい表情で「……なるほど?」と、首を傾げるエミリア。全然納得していない様子に、クリフトンは少し、笑いそうになった。
「私がこの言付けを伝えようと思ったのは、あいつになにか言ってやりたいことがあるなら、これが最後の機会だと考えたからです。あなたがあいつとやり直したいなんてこと、天地がひっくり返ってもありえないですからね」
「……お心遣い、感謝します。そうですね。わたしはともかく、シンディーさんとなんの罪もない人を殴ったことに対して、せめてきちんと謝罪しろと打ってやりたいところではありますが──おそらく、会話は成り立たないでしょうし。もう顔も見たくないので、会うのは止めておくことにします」
「承知しました。これで、伝えたいことはすべてお伝えできましたので、食べましょうか」
「はい。今日を限りに、あいつのことは忘れることにします」
それがいいですね。
穏やかに笑い合う二人。
そして。アンガスが街から追放される日がやってきたが、エミリアの頭には、もはやそれはすっかり抜け落ち。
一日、二日。アンガスは街の外でエミリアを待ち続けたが、やがて空腹に耐えきれなくなったのか、フラフラと街から離れていく姿が、何人かの旅人に目撃された。
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