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 それからは、怒濤の日々だった。仕事もこなしつつ、アンガスと離縁する準備を着々と進めていった。アンガスの家なんて、もう掃除する気もおきなかったし、チェルシーさんの、明日にでも家に来ていいわよという言葉に甘え、早々に移り住んだから、あの家がどうなっているのかわからないし、興味もなかった。

 遠征から戻ってきたアンガスは相変わらずで、もう愛情の欠片も残っていないことが再確認でき、なんの未練もなく、離縁届を役所に提出した。

 驚いた──というより心から申し訳なく思ったのは、アンガスがシンディーを襲い、なんの罪もない人に暴行したこと。

 慰労会のとき、主に騎士の妻の人たちに精神的にズタボロにされたアンガスはその場から逃げ出した。変にプライドが高くなってしまったアンガスは、もうこの街に戻ってくることはないのではないか。シンディーたちからそう聞かされ、油断していた矢先の出来事だったので、エミリアはもう、情けなさを通り越して、泣きたくなった。

 慌ててシンディーのところに謝罪に行くも、あなたはなにも悪くないですよと逆に慰められ、涙が滲んだ。

「せっかくあなたが忠告してくれたのに……わたくしの考えが甘ったのです。てっきりもう、わたくしへの興味は失せたものとばかり」

 怖かったのだろう。顔色が少し悪いにもかかわらず、こちらが罪悪感を抱かぬようにとの心遣いを感じ、エミリアはもう、涙腺が崩壊してしまった。




 数日後。

 夕刻。エミリアが働く店が閉店する時刻を見計らい、クリフトンが訪ねてきた。

「団長様?」

「突然、すみません。あなたにお伝えしたいことがありまして。お時間よろしいですか?」

 ちらっとチェルシーを見ると、笑顔で「行ってらっしゃい」と頷いてくれたので、エミリアはクリフトンと共に、店を出た。

「立ち話もなんですので、喫茶店にでも──」

 クリフトンの台詞を「あ、あの!」と、我慢できなくなったように、エミリアは遮って叫んだ。

「シンディーさんのこと、本当に申し訳ありませんでした。シンディーさんに謝罪はもうよいと言われ、それに甘えてしまっていましたが、やはり大事な奥様を危険にさらし、怯えさせてしまったこと、心から──」

 頭を下げるエミリアに、クリフトンは困惑した。

「いえ、そんな……あれ? もしかしてそのことについて、私があなたを責めに来たと思っていたりしませんよね?」

「……違うのですか?」

「違いますよ。あなたを責めたりする者など、一人もいやしません」

「……そう、ですか。では、お話とは」

「アンガスに下された刑罰について。あと──これは少し迷ったのですが、言付けを」

「言付け?」

 はい。答え、クリフトンは斜め前にある喫茶店を指差した。

「あそこの喫茶店のケーキを、シンディーが気に入っていましてね。あなたと会うなら、ぜひあの店のケーキをご馳走してあげてと頼まれました」

「! と、とてもじゃないですが、わたし、そんなことしてもらう立場ではっ」

「お願いします。でないと、私がシンディーに叱られてしまいますので」

 にっこり。
 容姿が整っている人の笑顔は、よくわからない圧があるのだと、エミリアはこのとき、はじめて知った。

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