14 / 35
14
しおりを挟む
それからは、怒濤の日々だった。仕事もこなしつつ、アンガスと離縁する準備を着々と進めていった。アンガスの家なんて、もう掃除する気もおきなかったし、チェルシーさんの、明日にでも家に来ていいわよという言葉に甘え、早々に移り住んだから、あの家がどうなっているのかわからないし、興味もなかった。
遠征から戻ってきたアンガスは相変わらずで、もう愛情の欠片も残っていないことが再確認でき、なんの未練もなく、離縁届を役所に提出した。
驚いた──というより心から申し訳なく思ったのは、アンガスがシンディーを襲い、なんの罪もない人に暴行したこと。
慰労会のとき、主に騎士の妻の人たちに精神的にズタボロにされたアンガスはその場から逃げ出した。変にプライドが高くなってしまったアンガスは、もうこの街に戻ってくることはないのではないか。シンディーたちからそう聞かされ、油断していた矢先の出来事だったので、エミリアはもう、情けなさを通り越して、泣きたくなった。
慌ててシンディーのところに謝罪に行くも、あなたはなにも悪くないですよと逆に慰められ、涙が滲んだ。
「せっかくあなたが忠告してくれたのに……わたくしの考えが甘ったのです。てっきりもう、わたくしへの興味は失せたものとばかり」
怖かったのだろう。顔色が少し悪いにもかかわらず、こちらが罪悪感を抱かぬようにとの心遣いを感じ、エミリアはもう、涙腺が崩壊してしまった。
数日後。
夕刻。エミリアが働く店が閉店する時刻を見計らい、クリフトンが訪ねてきた。
「団長様?」
「突然、すみません。あなたにお伝えしたいことがありまして。お時間よろしいですか?」
ちらっとチェルシーを見ると、笑顔で「行ってらっしゃい」と頷いてくれたので、エミリアはクリフトンと共に、店を出た。
「立ち話もなんですので、喫茶店にでも──」
クリフトンの台詞を「あ、あの!」と、我慢できなくなったように、エミリアは遮って叫んだ。
「シンディーさんのこと、本当に申し訳ありませんでした。シンディーさんに謝罪はもうよいと言われ、それに甘えてしまっていましたが、やはり大事な奥様を危険にさらし、怯えさせてしまったこと、心から──」
頭を下げるエミリアに、クリフトンは困惑した。
「いえ、そんな……あれ? もしかしてそのことについて、私があなたを責めに来たと思っていたりしませんよね?」
「……違うのですか?」
「違いますよ。あなたを責めたりする者など、一人もいやしません」
「……そう、ですか。では、お話とは」
「アンガスに下された刑罰について。あと──これは少し迷ったのですが、言付けを」
「言付け?」
はい。答え、クリフトンは斜め前にある喫茶店を指差した。
「あそこの喫茶店のケーキを、シンディーが気に入っていましてね。あなたと会うなら、ぜひあの店のケーキをご馳走してあげてと頼まれました」
「! と、とてもじゃないですが、わたし、そんなことしてもらう立場ではっ」
「お願いします。でないと、私がシンディーに叱られてしまいますので」
にっこり。
容姿が整っている人の笑顔は、よくわからない圧があるのだと、エミリアはこのとき、はじめて知った。
遠征から戻ってきたアンガスは相変わらずで、もう愛情の欠片も残っていないことが再確認でき、なんの未練もなく、離縁届を役所に提出した。
驚いた──というより心から申し訳なく思ったのは、アンガスがシンディーを襲い、なんの罪もない人に暴行したこと。
慰労会のとき、主に騎士の妻の人たちに精神的にズタボロにされたアンガスはその場から逃げ出した。変にプライドが高くなってしまったアンガスは、もうこの街に戻ってくることはないのではないか。シンディーたちからそう聞かされ、油断していた矢先の出来事だったので、エミリアはもう、情けなさを通り越して、泣きたくなった。
慌ててシンディーのところに謝罪に行くも、あなたはなにも悪くないですよと逆に慰められ、涙が滲んだ。
「せっかくあなたが忠告してくれたのに……わたくしの考えが甘ったのです。てっきりもう、わたくしへの興味は失せたものとばかり」
怖かったのだろう。顔色が少し悪いにもかかわらず、こちらが罪悪感を抱かぬようにとの心遣いを感じ、エミリアはもう、涙腺が崩壊してしまった。
数日後。
夕刻。エミリアが働く店が閉店する時刻を見計らい、クリフトンが訪ねてきた。
「団長様?」
「突然、すみません。あなたにお伝えしたいことがありまして。お時間よろしいですか?」
ちらっとチェルシーを見ると、笑顔で「行ってらっしゃい」と頷いてくれたので、エミリアはクリフトンと共に、店を出た。
「立ち話もなんですので、喫茶店にでも──」
クリフトンの台詞を「あ、あの!」と、我慢できなくなったように、エミリアは遮って叫んだ。
「シンディーさんのこと、本当に申し訳ありませんでした。シンディーさんに謝罪はもうよいと言われ、それに甘えてしまっていましたが、やはり大事な奥様を危険にさらし、怯えさせてしまったこと、心から──」
頭を下げるエミリアに、クリフトンは困惑した。
「いえ、そんな……あれ? もしかしてそのことについて、私があなたを責めに来たと思っていたりしませんよね?」
「……違うのですか?」
「違いますよ。あなたを責めたりする者など、一人もいやしません」
「……そう、ですか。では、お話とは」
「アンガスに下された刑罰について。あと──これは少し迷ったのですが、言付けを」
「言付け?」
はい。答え、クリフトンは斜め前にある喫茶店を指差した。
「あそこの喫茶店のケーキを、シンディーが気に入っていましてね。あなたと会うなら、ぜひあの店のケーキをご馳走してあげてと頼まれました」
「! と、とてもじゃないですが、わたし、そんなことしてもらう立場ではっ」
「お願いします。でないと、私がシンディーに叱られてしまいますので」
にっこり。
容姿が整っている人の笑顔は、よくわからない圧があるのだと、エミリアはこのとき、はじめて知った。
1,323
お気に入りに追加
1,908
あなたにおすすめの小説
うーん、別に……
柑橘 橙
恋愛
「婚約者はお忙しいのですね、今日もお一人ですか?」
と、言われても。
「忙しい」「後にしてくれ」って言うのは、むこうなんだけど……
あれ?婚約者、要る?
とりあえず、長編にしてみました。
結末にもやっとされたら、申し訳ありません。
お読みくださっている皆様、ありがとうございます。
誤字を訂正しました。
現在、番外編を掲載しています。
仲良くとのメッセージが多かったので、まずはこのようにしてみました。
後々第二王子が苦労する話も書いてみたいと思います。
☆☆辺境合宿編をはじめました。
ゆっくりゆっくり更新になると思いますが、お読みくださると、嬉しいです。
辺境合宿編は、王子視点が増える予定です。イラっとされたら、申し訳ありません。
☆☆☆誤字脱字をおしえてくださる方、ありがとうございます!
☆☆☆☆感想をくださってありがとうございます。公開したくない感想は、承認不要とお書きください。
よろしくお願いいたします。
【完結】私を忘れてしまった貴方に、憎まれています
高瀬船
恋愛
夜会会場で突然意識を失うように倒れてしまった自分の旦那であるアーヴィング様を急いで邸へ連れて戻った。
そうして、医者の診察が終わり、体に異常は無い、と言われて安心したのも束の間。
最愛の旦那様は、目が覚めると綺麗さっぱりと私の事を忘れてしまっており、私と結婚した事も、お互い愛を育んだ事を忘れ。
何故か、私を憎しみの籠った瞳で見つめるのです。
優しかったアーヴィング様が、突然見知らぬ男性になってしまったかのようで、冷たくあしらわれ、憎まれ、私の心は日が経つにつれて疲弊して行く一方となってしまったのです。
どうか、お幸せになって下さいね。伯爵令嬢はみんなが裏で動いているのに最後まで気づかない。
しげむろ ゆうき
恋愛
キリオス伯爵家の娘であるハンナは一年前に母を病死で亡くした。そんな悲しみにくれるなか、ある日、父のエドモンドが愛人ドナと隠し子フィナを勝手に連れて来てしまったのだ。
二人はすぐに屋敷を我が物顔で歩き出す。そんな二人にハンナは日々困らされていたが、味方である使用人達のおかげで上手くやっていけていた。
しかし、ある日ハンナは学園の帰りに事故に遭い……。
聖女の婚約者と妹は、聖女の死を望んでいる。
ふまさ
恋愛
聖女エリノアには、魔物討伐部隊隊長の、アントンという婚約者がいる。そして、たった一人の家族である妹のリビーは、聖女候補として、同じ教会に住んでいた。
エリノアにとって二人は、かけがえのない大切な存在だった。二人も、同じように想ってくれていると信じていた。
──でも。
「……お姉ちゃんなんか、魔物に殺されてしまえばいいのに!!」
「そうだね。エリノアさえいなければ、聖女には、きみがなっていたのにね」
深夜に密会していた二人の会話を聞いてしまったエリノアは、愕然とした。泣いて。泣いて。それでも他に居場所のないエリノアは、口を閉ざすことを選んだ。
けれど。
ある事件がきっかけで、エリノアの心が、限界を迎えることになる。
もうすぐ婚約破棄を宣告できるようになるから、あと少しだけ辛抱しておくれ。そう書かれた手紙が、婚約者から届きました
柚木ゆず
恋愛
《もうすぐアンナに婚約の破棄を宣告できるようになる。そうしたらいつでも会えるようになるから、あと少しだけ辛抱しておくれ》
最近お忙しく、めっきり会えなくなってしまった婚約者のロマニ様。そんなロマニ様から届いた私アンナへのお手紙には、そういった内容が記されていました。
そのため、詳しいお話を伺うべくレルザー侯爵邸に――ロマニ様のもとへ向かおうとしていた、そんな時でした。ロマニ様の双子の弟であるダヴィッド様が突然ご来訪され、予想だにしなかったことを仰られ始めたのでした。
私を侮辱する婚約者は早急に婚約破棄をしましょう。
しげむろ ゆうき
恋愛
私の婚約者は編入してきた男爵令嬢とあっという間に仲良くなり、私を侮辱しはじめたのだ。
だから、私は両親に相談して婚約を解消しようとしたのだが……。
あなたに嘘を一つ、つきました
小蝶
恋愛
ユカリナは夫ディランと政略結婚して5年がたつ。まだまだ戦乱の世にあるこの国の騎士である夫は、今日も戦地で命をかけて戦っているはずだった。彼が戦地に赴いて3年。まだ戦争は終わっていないが、勝利と言う戦況が見えてきたと噂される頃、夫は帰って来た。隣に可愛らしい女性をつれて。そして私には何も告げぬまま、3日後には結婚式を挙げた。第2夫人となったシェリーを寵愛する夫。だから、私は愛するあなたに嘘を一つ、つきました…
最後の方にしか主人公目線がない迷作となりました。読みづらかったらご指摘ください。今さらどうにもなりませんが、努力します(`・ω・́)ゞ
どうやら婚約者が私と婚約したくなかったようなので婚約解消させて頂きます。後、うちを金蔓にしようとした事はゆるしません
しげむろ ゆうき
恋愛
ある日、婚約者アルバン様が私の事を悪く言ってる場面に遭遇してしまい、ショックで落ち込んでしまう。
しかもアルバン様が悪口を言っている時に側にいたのは、美しき銀狼、又は冷酷な牙とあだ名が付けられ恐れられている、この国の第三王子ランドール・ウルフイット様だったのだ。
だから、問い詰めようにもきっと関わってくるであろう第三王子が怖くて、私は誰にも相談できずにいたのだがなぜか第三王子が……。
○○sideあり
全20話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる