理想の妻とやらと結婚できるといいですね。

ふまさ

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「そう言われても……。私、ただ雇われてるだけですし。勝手にそんなことしたら、店長に怒られてしまいます」

「あ、えと……そうだ! ぼく、いま独身で付き合っている人もいないからさ。なにか食べさせてくれるなら、お礼に付き合ってあげてもいいよ。領主の息子と付き合えるなんて、みんなに自慢できるでしょ?」

「……私、付き合っている人いますし。そもそも本当に領主様の息子なら、領主様のところに行けばいいじゃないですか。どうしてこんなところで飢えているんですか?」

 疑いの眼差しに「わ、訳あってちょっと喧嘩しただけだよ」と、必死に弁解するが、女性店員の警戒は解けない。

 腹が空いていてるのも相まって、余計に苛々が募ってきた。

(……ただの村娘のくせにっ)

 見下す癖がついてしまったアンガスが、女性店員を睨み付ける。

 しかし。

「オレらの可愛い看板娘ちゃんを、なに睨み付けんだ? あ?」

 気付いた酔っ払いの客たちに威圧され、アンガスは舌打ちしながらも、泣く泣く居酒屋を飛び出した。

 結局。お金がないアンガスは、灯りがある居酒屋の近くで夜を明かしてから、自分の家がある街に戻ってくることしかできなかった。

(あんな田舎の娘に、ぼくの良さは理解できないんだっ)

 街に入ると、馬の手綱を引きながら、アンガスは若い年頃の娘を物色した。早く、シンディーのように美しい、理想の妻と結婚して、みなを見返してやりたかったからだ。

 でも、そんな女性は中々見つからず。

 妥協案で声をかけた女性にも、ろくに会話もできないまま、そそくさと逃げられるしまつ。変に自分に自信があるアンガスは、なんで逃げられるのかわからないままに、今度こそと、若い女性に声をかけ続けた。

 その途中。

 ふっと視界に入ったのは、シンディー本人。露店に並ぶ林檎を、美しい手で選んでいる。思わず、ごくりと唾を飲みこんだ。やはり、シンディーしかいない。だってあの人は、理想の妻そのものなのだから。

 お腹も減って、女性にまったく相手にされないでいたアンガスは、精神的におかしくなっていたのだろう。
 
 ふらりと露店に近付くなり、一人で買い物をしていたシンディーを、背後から迷うことなく、がばっと抱き締めた。

「…………っ!」

 振り向き、誰に抱き締められたか認識したシンディーは、嫌悪感から全身に鳥肌を立たせ、悲鳴を上げた。

 何事かと街の人たちが注目してもかまうことなく、アンガスは「ぼくと結婚してください!」と叫んだ。

「……離して! 離してぇ! いやぁぁー! クリフトン! クリフトン!!」

 夫の名を呼ぶシンディーに「団長より幸せにしてみますから!」と、血走った目で繰り返すアンガス。

「ちょ、ちょっとあんた!」

「うるさい! 邪魔をするな!!」

 引き剥がそうとした街の男の人の顔を、アンガスが肘で殴った。騒ぎを聞きつけ駆けつけた、顔見知りの騎士に取り押さえられてからも、アンガスはシンディーに、結婚を申し込み続けていた。






 アンガスが放り込まれたのは、領主の屋敷の地下にある、牢屋だった。日差しが一切降り注ぐこのない、冷たく、じめっと暗いそこでひたすら膝を抱えて座るアンガスを、数日ぶりに訪ねてきたのは団長だった。

「──お前の処分が決まった」

 燭台を持ちながら、団長は淡々と告げた。

「鞭打ちの刑に処したのち、財産はすべて没収。むろん、騎士の称号も剥奪。加えて。領主様に仕える身でありながら、このような事件を起こしたことに対する罰として、お前をこの街から追放する。生涯、この街に立ち入ることは許されない」

 アンガスは光をなくした瞳で「……追放……?」と、その言葉だけを辿々しく繰り返した。

「そうだ。もしこの街に立ち入った場合、相応の罰が与えられる。今度は、鞭打ちではすまないだろう」

 しばらくの静寂の後、アンガスは掠れた声で語りはじめた。

「……ずっと、考えていたんです。エミリアと離縁してからのこと……ぼくは、思っていたより、誰にも愛されていなかったみたいです」

 少しは反省したのかと、団長が黙って耳を傾ける。

 が。

「……ぼくの良さを理解し、愛してくれるのは、エミリアしかいない……そのことが、ようやく理解できました……」

「…………」

「……お互いに許し合って、やり直したい……お願いです、団長。エミリアに言付けを……ぼくが街から追放される日、街の外で待っていてほしいと……別の街で、また一からはじめようと伝えてください……っ」

 団長はもはや、怒りを通り越して呆れてしまった。

「──お前が、元妻のなにを許すと?」

「……ぼくは、エミリアのせいでなにもなも失ってしまいました。でも、わかっています。原因がぼくにあること……それでもきっと、エミリアは責任を感じることでしょう……鞭打ちだなんて、あまりに過酷過ぎる罰だから……これを知ったエミリアは、泣いてしまうでしょうから……」

 ガンっ!!
 団長がこぶしを鉄格子に打つけた。びくっ。アンガスが肩を揺らし、団長を見上げる。

「──愚か者め。お前がすべてを失ったのは、なにもかも自分自身の責任だ!!」

 団長は返事を待つことなく、踵を返した。アンガスがよろけながら立ち上がり、両手で鉄格子を掴んだ。

「……待ってください、団長! これはぼくの、最後のお願いなんです! どうか、どうかエミリアに言付けを!」

 ガタガタ。ガタガタ。決して取れることのない鉄格子を揺らし、音を立てる。

「ぼくにはエミリアしかいないように、エミリアにも、ぼくしかいないんです! エミリアのためにも、どうか伝えてください! お願いします! お願いします!」

 必死の懇願にも、団長が足を止めることはなく。その姿が闇に消えてしまっても、アンガスの掠れた叫び声は、しばらく止むことはなかった。


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