聖女のわたしを隣国に売っておいて、いまさら「母国が滅んでもよいのか」と言われましても。

ふまさ

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「……断る、だと?」

「はい、お断りします。わたしは二度と、あの国には戻りません」

「お前、わかっているのか?! お前が戻らないと、国が滅びるかもしれないんだぞ!!」

「そうですね」

「……お、お前には人の心がないのか!!」

「ないとしたら、それはあなたたちのせいです。クリーシャー王国がわたしにとっての天国なら、テンサンド王国は、まさに地獄でした」

「な……っ。よくもそんな恩知らずなことをっ」

 恩知らず、ですか。
 心が急激に冷えていくのを、アーリンは感じた。

「ろくな食事も与えられず、罵倒や蔑みの言葉。理不尽な暴力をふるわれる日々。何より──毎日の、死の恐怖。それのどこに恩を感じろというのですか」

 ぎょっとしたのは、ルーファスたちだった。

「毎日の死の恐怖……?」

 呆然とするルーファスに向き合い、アーリンは淡々と告げた。

「孤児で平民のわたしに聖女の役目がつとまるのか疑問だった国王たちは、わたしにこう告げました。テンサンド王国内に、もし一匹でも魔物が侵入すれば、聖女の資格なしとして、わたしを処刑すると」

 ?!

 謁見の間にいる全員が、鋭い視線をショーンに向けた。

 ショーンが「し、知らない! ぼくは知らない! 父上たちが決めたことだ!!」と叫ぶ。アーリンは再び、ショーンに視線を戻した。

「誰が決めたとか、関係ないんです。わたしはもう、優しい世界を知ってしまった。もう死の恐怖に怯える日々は嫌なんです」

「も、もうそんなことはしない! 父上たちも、きっと考えを改めた! だから……っ」

「正直に申し上げます。わたしはテンサンド王国が滅びようと、どうでもいいのです。心は自分でも驚くほど揺れず、ちっとも痛まない」

「テ、テンサンド王国は、お前が産まれ、育った国だろう?! 母国が滅んでもよいのか!!」

「ショーン殿下。その耳は飾りですか? わたしの話し、ちゃんと聞いていましたか?」

「あ、悪魔め……何が聖女だっ」

「わたしにはあなた方が全員、悪魔に見えていましたよ。わたしが悪魔だというなら、そうしたのはあなたたちです。自業自得ですね」

「……き、貴様ぁぁぁ!!」

 飛びかかろうとするショーンを、兵士が取り押さえる。ショーンは気が狂ったように、暴れている。そんなショーンを見下ろすアーリンのこぶしを、ルーファスは優しく包んだ。

「……アーリン。もういいよ。もう大丈夫だから」

 ルーファスが強く握りしめられたアーリンのこぶしをゆっくりと開いていく。アーリンの手のひらは、爪が食い込んで、血が出ていた。

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