12 / 31
12
しおりを挟む
「今日は休日だし、たまにはレディ二人でお出かけしません?」
朝の祈りを終えたアーリンを訪ねてきたブリアナが、そう提案してきた。アーリンが「よいのですか?」と目を輝かせる。
「あ、でも。休日はたいてい、ルーファス殿下と一緒では」
「残念ながら今日は用事があるみたいでして、わたくし暇なのです。だからアーリンさえよければ、付き合っていただけません?」
アーリンは近くにいた神官にそっと目を向けた。「どうぞ、行ってらっしゃいませ」と微笑む神官。本来、アーリンの仕事は、朝と夜の祈りだけなのだ。
「わたしでよければ、喜んで」
アーリンの返答に、ブリアナは心からの笑みを浮かべた。
──それもそのはず。
いつも傍にはルーファスがいて、ブリアナとアーリンが二人になれたのは、この日がはじめてだったからだ。
「──馴れ馴れしいんですよ、この売女が」
馬車に乗り込み、アーリンとブリアナの二人の空間になったとたん、人柄がころっと変化したブリアナが、いきなりそう吐き捨てた。アーリンは息を呑み、目を丸くしたが、すぐに持ち直した。そういった片鱗は、確信は持てないにしろ、見えていたから。
ルーファスと話しているとき、たまに感じていた敵意。顔を向けるとブリアナはいつも綺麗に笑っていたので、勘違いかと思っていた。──いや。思おうとしていた。深く考えるのはやめて、思考を停止していたのだ。
やっと手に入れた居場所を失うのが、ルーファスとの時間を失うのが、怖かったから。
──婚約者の彼女の気持ちを考えずに。
何て自分勝手なのだろう。
アーリンは自身を嘲笑した。
「……ルーファス殿下のことですか?」
静かに問う。ブリアナが「他に何があると?」と馬鹿にするように吐く。アーリンは、そうですね、と目を伏せた。
──きっと。これでルーファスと顔を合わせることはもう、ないだろう。
「……ルーファス殿下は、他国から売られてきた憐れな女に同情してくださっているだけですよ。それも、あくまで聖女であるわたしに」
「そんなこと、わかっていますわ。わたくしはね。そんなルーファス様に身の程知らずにも媚びるあんたが、うっとおしくて仕方ないの。ほんと、気持ち悪いったら」
「……わたしのような女に、ルーファス様は何も想いませんよ。何がそんなに不安なのですか?」
ブリアナは一瞬動きを止めた。かと思えば素早くアーリンの髪を乱暴に掴み、至近距離で睨みつけてきた。
「はあ? 誰が不安なんていったの? 冗談は鏡を見てからにしてくださる? 自惚れも大概にしないと、見苦しいだけですわよ」
ぎりっ。
髪がきしむ。けれどアーリンの表情は揺れない。
「……はい。申し訳ございません」
アーリンの謝罪にブリアナは舌打ちすると、アーリンの髪から手をはなした。
──そして。
無言で、アーリンの頬を打った。
朝の祈りを終えたアーリンを訪ねてきたブリアナが、そう提案してきた。アーリンが「よいのですか?」と目を輝かせる。
「あ、でも。休日はたいてい、ルーファス殿下と一緒では」
「残念ながら今日は用事があるみたいでして、わたくし暇なのです。だからアーリンさえよければ、付き合っていただけません?」
アーリンは近くにいた神官にそっと目を向けた。「どうぞ、行ってらっしゃいませ」と微笑む神官。本来、アーリンの仕事は、朝と夜の祈りだけなのだ。
「わたしでよければ、喜んで」
アーリンの返答に、ブリアナは心からの笑みを浮かべた。
──それもそのはず。
いつも傍にはルーファスがいて、ブリアナとアーリンが二人になれたのは、この日がはじめてだったからだ。
「──馴れ馴れしいんですよ、この売女が」
馬車に乗り込み、アーリンとブリアナの二人の空間になったとたん、人柄がころっと変化したブリアナが、いきなりそう吐き捨てた。アーリンは息を呑み、目を丸くしたが、すぐに持ち直した。そういった片鱗は、確信は持てないにしろ、見えていたから。
ルーファスと話しているとき、たまに感じていた敵意。顔を向けるとブリアナはいつも綺麗に笑っていたので、勘違いかと思っていた。──いや。思おうとしていた。深く考えるのはやめて、思考を停止していたのだ。
やっと手に入れた居場所を失うのが、ルーファスとの時間を失うのが、怖かったから。
──婚約者の彼女の気持ちを考えずに。
何て自分勝手なのだろう。
アーリンは自身を嘲笑した。
「……ルーファス殿下のことですか?」
静かに問う。ブリアナが「他に何があると?」と馬鹿にするように吐く。アーリンは、そうですね、と目を伏せた。
──きっと。これでルーファスと顔を合わせることはもう、ないだろう。
「……ルーファス殿下は、他国から売られてきた憐れな女に同情してくださっているだけですよ。それも、あくまで聖女であるわたしに」
「そんなこと、わかっていますわ。わたくしはね。そんなルーファス様に身の程知らずにも媚びるあんたが、うっとおしくて仕方ないの。ほんと、気持ち悪いったら」
「……わたしのような女に、ルーファス様は何も想いませんよ。何がそんなに不安なのですか?」
ブリアナは一瞬動きを止めた。かと思えば素早くアーリンの髪を乱暴に掴み、至近距離で睨みつけてきた。
「はあ? 誰が不安なんていったの? 冗談は鏡を見てからにしてくださる? 自惚れも大概にしないと、見苦しいだけですわよ」
ぎりっ。
髪がきしむ。けれどアーリンの表情は揺れない。
「……はい。申し訳ございません」
アーリンの謝罪にブリアナは舌打ちすると、アーリンの髪から手をはなした。
──そして。
無言で、アーリンの頬を打った。
329
お気に入りに追加
4,406
あなたにおすすめの小説

私を断罪するのが神のお告げですって?なら、本人を呼んでみましょうか
あーもんど
恋愛
聖女のオリアナが神に祈りを捧げている最中、ある女性が現れ、こう言う。
「貴方には、これから裁きを受けてもらうわ!」
突然の宣言に驚きつつも、オリアナはワケを聞く。
すると、出てくるのはただの言い掛かりに過ぎない言い分ばかり。
オリアナは何とか理解してもらおうとするものの、相手は聞く耳持たずで……?
最終的には「神のお告げよ!」とまで言われ、さすがのオリアナも反抗を決意!
「私を断罪するのが神のお告げですって?なら、本人を呼んでみましょうか」
さて、聖女オリアナを怒らせた彼らの末路は?
◆小説家になろう様でも掲載中◆
→短編形式で投稿したため、こちらなら一気に最後まで読めます

素顔を知らない
基本二度寝
恋愛
王太子はたいして美しくもない聖女に婚約破棄を突きつけた。
聖女より多少力の劣る、聖女補佐の貴族令嬢の方が、見目もよく気もきく。
ならば、美しくもない聖女より、美しい聖女補佐のほうが良い。
王太子は考え、国王夫妻の居ぬ間に聖女との婚約破棄を企て、国外に放り出した。
王太子はすぐ様、聖女補佐の令嬢を部屋に呼び、新たな婚約者だと皆に紹介して回った。
国王たちが戻った頃には、地鳴りと水害で、国が半壊していた。

【完結】薔薇の花をあなたに贈ります
彩華(あやはな)
恋愛
レティシアは階段から落ちた。
目を覚ますと、何かがおかしかった。それは婚約者である殿下を覚えていなかったのだ。
ロベルトは、レティシアとの婚約解消になり、聖女ミランダとの婚約することになる。
たが、それに違和感を抱くようになる。
ロベルト殿下視点がおもになります。
前作を多少引きずってはいますが、今回は暗くはないです!!
11話完結です。

結婚するので姉様は出ていってもらえますか?
基本二度寝
恋愛
聖女の誕生に国全体が沸き立った。
気を良くした国王は貴族に前祝いと様々な物を与えた。
そして底辺貴族の我が男爵家にも贈り物を下さった。
家族で仲良く住むようにと賜ったのは古い神殿を改装した石造りの屋敷は小さな城のようでもあった。
そして妹の婚約まで決まった。
特別仲が悪いと思っていなかった妹から向けられた言葉は。
※番外編追加するかもしれません。しないかもしれません。
※えろが追加される場合はr−18に変更します。

婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
矢口愛留
恋愛
【全11話】
学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。
しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。
クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。
スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。
※一話あたり短めです。
※ベリーズカフェにも投稿しております。

なにをおっしゃいますやら
基本二度寝
恋愛
本日、五年通った学び舎を卒業する。
エリクシア侯爵令嬢は、己をエスコートする男を見上げた。
微笑んで見せれば、男は目線を逸らす。
エブリシアは苦笑した。
今日までなのだから。
今日、エブリシアは婚約解消する事が決まっているのだから。

精霊の愛し子が濡れ衣を着せられ、婚約破棄された結果
あーもんど
恋愛
「アリス!私は真実の愛に目覚めたんだ!君との婚約を白紙に戻して欲しい!」
ある日の朝、突然家に押し掛けてきた婚約者───ノア・アレクサンダー公爵令息に婚約解消を申し込まれたアリス・ベネット伯爵令嬢。
婚約解消に同意したアリスだったが、ノアに『解消理由をそちらに非があるように偽装して欲しい』と頼まれる。
当然ながら、アリスはそれを拒否。
他に女を作って、婚約解消を申し込まれただけでも屈辱なのに、そのうえ解消理由を偽装するなど有り得ない。
『そこをなんとか······』と食い下がるノアをアリスは叱咤し、屋敷から追い出した。
その数日後、アカデミーの卒業パーティーへ出席したアリスはノアと再会する。
彼の隣には想い人と思われる女性の姿が·····。
『まだ正式に婚約解消した訳でもないのに、他の女とパーティーに出席するだなんて·····』と呆れ返るアリスに、ノアは大声で叫んだ。
「アリス・ベネット伯爵令嬢!君との婚約を破棄させてもらう!婚約者が居ながら、他の男と寝た君とは結婚出来ない!」
濡れ衣を着せられたアリスはノアを冷めた目で見つめる。
······もう我慢の限界です。この男にはほとほと愛想が尽きました。
復讐を誓ったアリスは────精霊王の名を呼んだ。
※本作を読んでご気分を害される可能性がありますので、閲覧注意です(詳しくは感想欄の方をご参照してください)
※息抜き作品です。クオリティはそこまで高くありません。
※本作のざまぁは物理です。社会的制裁などは特にありません。
※hotランキング一位ありがとうございます(2020/12/01)

悪役令嬢の涙
拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる