聖女のわたしを隣国に売っておいて、いまさら「母国が滅んでもよいのか」と言われましても。

ふまさ

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「今日は休日だし、たまにはレディ二人でお出かけしません?」

 朝の祈りを終えたアーリンを訪ねてきたブリアナが、そう提案してきた。アーリンが「よいのですか?」と目を輝かせる。

「あ、でも。休日はたいてい、ルーファス殿下と一緒では」

「残念ながら今日は用事があるみたいでして、わたくし暇なのです。だからアーリンさえよければ、付き合っていただけません?」

 アーリンは近くにいた神官にそっと目を向けた。「どうぞ、行ってらっしゃいませ」と微笑む神官。本来、アーリンの仕事は、朝と夜の祈りだけなのだ。

「わたしでよければ、喜んで」

 アーリンの返答に、ブリアナは心からの笑みを浮かべた。


 ──それもそのはず。

 いつも傍にはルーファスがいて、ブリアナとアーリンが二人になれたのは、この日がはじめてだったからだ。



「──馴れ馴れしいんですよ、この売女が」

 馬車に乗り込み、アーリンとブリアナの二人の空間になったとたん、人柄がころっと変化したブリアナが、いきなりそう吐き捨てた。アーリンは息を呑み、目を丸くしたが、すぐに持ち直した。そういった片鱗は、確信は持てないにしろ、見えていたから。

 ルーファスと話しているとき、たまに感じていた敵意。顔を向けるとブリアナはいつも綺麗に笑っていたので、勘違いかと思っていた。──いや。思おうとしていた。深く考えるのはやめて、思考を停止していたのだ。

 やっと手に入れた居場所を失うのが、ルーファスとの時間を失うのが、怖かったから。

 ──婚約者の彼女の気持ちを考えずに。

 何て自分勝手なのだろう。

 アーリンは自身を嘲笑した。


「……ルーファス殿下のことですか?」

 静かに問う。ブリアナが「他に何があると?」と馬鹿にするように吐く。アーリンは、そうですね、と目を伏せた。

 ──きっと。これでルーファスと顔を合わせることはもう、ないだろう。

「……ルーファス殿下は、他国から売られてきた憐れな女に同情してくださっているだけですよ。それも、あくまで聖女であるわたしに」

「そんなこと、わかっていますわ。わたくしはね。そんなルーファス様に身の程知らずにも媚びるあんたが、うっとおしくて仕方ないの。ほんと、気持ち悪いったら」

「……わたしのような女に、ルーファス様は何も想いませんよ。何がそんなに不安なのですか?」

 ブリアナは一瞬動きを止めた。かと思えば素早くアーリンの髪を乱暴に掴み、至近距離で睨みつけてきた。

「はあ? 誰が不安なんていったの? 冗談は鏡を見てからにしてくださる? 自惚れも大概にしないと、見苦しいだけですわよ」

 ぎりっ。
 髪がきしむ。けれどアーリンの表情は揺れない。

「……はい。申し訳ございません」
 
 アーリンの謝罪にブリアナは舌打ちすると、アーリンの髪から手をはなした。

 ──そして。

 無言で、アーリンの頬を打った。

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