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クリーシャー王国へと入国し、王都を目指す途中で、一匹の魔物に出会した。護衛の騎士たちが、慣れたように剣を鞘からするりと抜く。アーリンは──震えていた。
アーリンが魔物に出会したのは、たった一度だけ。それも、もう何年も前のことだ。
真っ黒な毛に覆われた四足の化け物が、アーリンたちを乗せた馬車に近付いてくる。顔から血の気の引いたアーリンに、ルーファスが「大丈夫だよ」と微笑む。そこで、はっとした。
(……駄目だ。こんな……わたしが聖女だから優しくしてもらえているのに、役に立たないと)
自身を奮い立たせるように、アーリンはこぶしを強く握った。そして、勢いよく馬車の扉を開けた。
「アーリン?!」
ルーファスが、騎士たちが、慌てて叫ぶ。アーリンは魔物の目の前に立つと、胸の前で震える手を組んだ。
聖書はない。持ってくることは、当然のように許されなかった。けれど全て暗記はしているうえに、あれはいわば、国を丸ごと包む巨大な結界をはるための、増幅装置のようなもの。
一匹の魔物を阻む小さな結界ぐらい、きっと、瞬時にはれるはず。何も知らなかった、幼いころにもできたのだから。
(わたしに本当に力があること、示さないと……っ)
集中するため、目を閉じた。魔物が前足をアーリンに向かって振り上げた。ルーファスが魔物に向かって剣を投げた。左目に命中し、魔物が苦痛の声をあげる。
──そのときだった。
バチンッッ!!
魔物が見えない壁に弾かれ、後ろにどさっと倒れた。アーリン以外の者が、目を見開く。ルーファスもその一人だったが、すぐに我に返ったように「とどめを!」と、騎士に命じた。
魔物が息絶えたことを確認したルーファスは、背後にいるアーリンを振り返った。
「どうしてこんな無茶なことを……」
ルーファスの声色に、戸惑いと怒りを覚えたアーリンは、困惑した。
「わたしがお役に立てると、聖女なのだと、知ってもらいたかったからです……っ」
必死に訴えるアーリンに、ルーファスは何かを言おうと口を開きかけたものの、一度口を閉じた。それから、
「……わたしをはじめ、ここにいるみなが、確かに確認した。きみが聖女だということを──だからもう、こんな危険なことはしないでくれ」
静かに、そう告げた。
アーリンはそこで、ようやくルーファスの想いに気付いた。
──そうだ。この国には、聖女がいないのだ。だから孤児だろうと平民だろうと、大切にされる。いなくなられては、困るから。
アーリンはスカートを両手でくしゃっと握った。
「……はい。もう二度と、無茶はしません。神に誓って」
そこでようやく、ルーファスは少し安心したように、笑ってくれた。嬉しいはずなのに、アーリンは、胸が僅かに痛んだ気がした。
アーリンが魔物に出会したのは、たった一度だけ。それも、もう何年も前のことだ。
真っ黒な毛に覆われた四足の化け物が、アーリンたちを乗せた馬車に近付いてくる。顔から血の気の引いたアーリンに、ルーファスが「大丈夫だよ」と微笑む。そこで、はっとした。
(……駄目だ。こんな……わたしが聖女だから優しくしてもらえているのに、役に立たないと)
自身を奮い立たせるように、アーリンはこぶしを強く握った。そして、勢いよく馬車の扉を開けた。
「アーリン?!」
ルーファスが、騎士たちが、慌てて叫ぶ。アーリンは魔物の目の前に立つと、胸の前で震える手を組んだ。
聖書はない。持ってくることは、当然のように許されなかった。けれど全て暗記はしているうえに、あれはいわば、国を丸ごと包む巨大な結界をはるための、増幅装置のようなもの。
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──そのときだった。
バチンッッ!!
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「どうしてこんな無茶なことを……」
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「……はい。もう二度と、無茶はしません。神に誓って」
そこでようやく、ルーファスは少し安心したように、笑ってくれた。嬉しいはずなのに、アーリンは、胸が僅かに痛んだ気がした。
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