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「孤児のお前が、今までよく頑張ったな」

 謁見の間にて。
 アーリンが聖女となって約一年。労いの言葉一つかけたことのないテンサンド王国の国王が、口角をあげながらそう告げた。

 膝をつき、頭を垂れたままのアーリンに、国王は続けた。

「これより我が国の聖女の役目は、侯爵令嬢であるベリンダが引き継ぐ。だが、安心しろ。これまでのお前の功績をたたえ、身勝手に放り出すことはせん。隣国のクリーシャー王国は、学のないお前でも知っているな?」

 押し付けがましく言ってはいるが、国王の臣下たちがそこかしこで噂話をしているせいで、アーリンは数日前から、自身の行く末を知っていた。

『聖女のいないクリーシャー王国に、アーリンを高値で売ったそうだぞ』

『ああ、オレも聞いた。貴族の聖女が見つかった以上、平民のあいつにはもう何の価値もないのに、うまくやったよな。あんな痩せ細った愛想のない女なんて、いるだけで運気が下がるってのに』

『確かに。オレなら、金をつまれたってごめんだね』

 教会の地下にある、薄暗く、狭い部屋。簡素な寝台と机と椅子だけが置かれている。そこが、アーリンの部屋だ。警護という名のアーリンの見張り役の兵士たちが、扉の向こうで声をひそめることなく、会話する。特にアーリンに聞かれても構わないと思っているのだろう。

 ──そっか。売られるのか。

 一人、ぽつりと胸中で呟く。親もいなければ、恋人も友達もいないアーリン。聖女となれば、何かが変わるかもと期待していた時期もあったが、実際には何も変わらなかった。

 教会で祈る以外は、部屋から出してもらえない。一日二回の食事は、かたくなったパンと、冷えた野菜スープだけ。罵倒や蔑む者はいても、話しかけてくれる者はいない。

(……孤児院にいたころみたいに、理不尽な暴力を受けることはあったけど)
  
 感情がなくなりかけていたアーリンにとって、他国に売られることの恐怖は、さしてなかった。

「ここ二、三年で、魔物が多発するようになったそうでな。平民のお前でもいいから、聖女がどうしても必要だそうだ──まあ、我が国のようなまともな扱いを受けられるかは保障せんが」

 国王は、こほんと一つ、咳払いをした。

「孤児で平民のお前に、これまで衣食住の世話をしてやったのだ。どのような目に遭おうとも、恨むなよ。アーリン」

 アーリンはついに一度も顔をあげることなく、ただ小さく、無表情に、はい、とだけ答えた。



 テンサンド王国。五代目聖女、アーリン。十四歳。歴代初の、平民の聖女だ。

 聖女とは、魔を退ける力を持つ──すなわち、魔物を拒むことのできる結界をはれる者。そして、その結界を可視化できる者を指す。

 
 テンサンド王国は、小国である。とはいえ、国全体に大結界を張っているので、ところどころは薄く、いくつかの綻びが生じる。そこから侵入してきた魔物に、当時、まだ七歳だったアーリンが、見えない壁のようなもので魔物を弾き飛ばした。

 それまで空にある、幾重にもある虹のような光が見えていたアーリンだったが、暴力をふるう院長の元で育ったアーリンは、環境が環境だったため、誰にも何も言わなかった。言えなかった、といった方が正しいのかもしれない。

 だが、そこで孤児院のみなに知られてしまった。院長は喜び、急ぎ、アーリンを国王に差し出した。聖女となりえる者を見つけた者には、国から褒美がもらえるからだ。

 城内にある教会は、そうして集められた聖女候補者たちが暮らす場所となっている。とはいえ、聖女とは高貴な者。すなわち、貴族、もしくは王族という考えが国では根強くあるうえ、聖女候補たる素質を持つ者など、十年に一人現れればいい方だったので、アーリンの他に、聖女候補はいなかった。

 
 四代目の聖女が急死したのは、アーリンが十三歳になったとき。病死だった。それは本当に突然のことだったので、聖女となれる者は、アーリンしかいなかった。そもそも、これまで貴族と王族の中から聖女の力を持つ者がいたことじたい、奇跡に近かったともいえる。

 けれど国王は──いや、国中が信じていた。少し経てば、それ相応の身分の令嬢から、聖女が現れるだろうと。すなわちアーリンは、それまでの代行に過ぎなかったし、何より人々は、平民という理由のみで、アーリンの全てを疑っていた。


「卑しい身分の貴様に、聖女の役目がつとまるのか?」

「嘘をついているのではあるまいな」

「結界を張ることができなければ、即刻死刑にしてやるからな」


 訳もわからず連れてこられた謁見の間で、四方八方から浴びせられる、恐怖の言葉の数々。アーリンはただ、震えるしかなかった。

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