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あ。思ったときは、すでに遅く。
少しの間のあと、アラーナは、好き、と顔をテレンスの肩に埋めたまま答えた。
「……いや、まあ。好意を持たれているのは伝わってくるけど……」
聞きたいのは、そこじゃない。
「……けど?」
「うーん……」
悩んだが、テレンスは思いきってたずねてみることにした。
「俺のこと、恋愛対象として好きなのか?」
するとアラーナは、ゆっくりと顔を上げ、テレンスを真正面から見据えた。
「……それに答えたら、わたしはふられるの?」
テレンスは吹き出しそうになった。それでは答えを言っているようなものだ。
「何で? 俺も、アラーナのことが好きなのに?」
「……テレンスは、頼りないわたしを放っておけないだけだもん」
やはり一筋縄ではいかないか。テレンスは胸中で呟いた。
「誰が頼りないって? 仕事して、自分でちゃんとお金を稼いで、お店の人からもたくさん頼りにされているのに?」
アラーナの頭を撫でて、優しく囁く。アラーナは、じわっと涙をにじませた。
「……だから、もうわたしは一人で大丈夫だから、テレンスはわたしを置いて、何処かに行くつもりなんだ」
唐突な話しの転換に、テレンスは「何でそうなるんだ?」と首を傾げた。
「……夢で」
ああ。テレンスは、今朝のことを思い返し、納得した。
「だから朝、泣いていたのか」
夢の内容が蘇ってきたのか、アラーナはまた、ぼろぼろと泣きはじめてしまった。慰めながら、最近、よく泣くようになったなあと、テレンスはしみじみしていた。
ウェバー公爵家にいたころ、アラーナは滅多に笑いもしなければ、泣きもしなかった。いつもどこか張り詰めていて、そのくせ、どこか諦めたような表情をしていた。
(今の方が、ずっといいな)
主と使用人という立場だったころは、ただ、何もできない自分の無力さに、打ちひしがれるだけだった。恋愛対象とか、そんなことを考える以前の問題だった。
──思えば。いつからアラーナを、一人の女性として意識するようになったのだろう。
二人で旅をするようになってから?
それとも、もうずっと前から?
(……まあ、いいか)
大切なのは今で。アラーナを誰より愛しいと想っていることが、重要だから。
テレンスはアラーナに顔を近付けると、触れるだけの口付けをした。
突然のことに、アラーナが目をまん丸にする。口付けされたことに気付いたのは、しばらく経ってからのことだった。
顔を真っ赤にして、どうすればいいかおろおろしたあと、アラーナはテレンスにがばっと抱きつき、ぼそぼそと何かを話し出した。
「……ほ、他に」
「ん?」
「……他に好きな人ができたら、すぐに言ってね」
まだ言うか。
流石にテレンスは、笑ってしまった。
少しの間のあと、アラーナは、好き、と顔をテレンスの肩に埋めたまま答えた。
「……いや、まあ。好意を持たれているのは伝わってくるけど……」
聞きたいのは、そこじゃない。
「……けど?」
「うーん……」
悩んだが、テレンスは思いきってたずねてみることにした。
「俺のこと、恋愛対象として好きなのか?」
するとアラーナは、ゆっくりと顔を上げ、テレンスを真正面から見据えた。
「……それに答えたら、わたしはふられるの?」
テレンスは吹き出しそうになった。それでは答えを言っているようなものだ。
「何で? 俺も、アラーナのことが好きなのに?」
「……テレンスは、頼りないわたしを放っておけないだけだもん」
やはり一筋縄ではいかないか。テレンスは胸中で呟いた。
「誰が頼りないって? 仕事して、自分でちゃんとお金を稼いで、お店の人からもたくさん頼りにされているのに?」
アラーナの頭を撫でて、優しく囁く。アラーナは、じわっと涙をにじませた。
「……だから、もうわたしは一人で大丈夫だから、テレンスはわたしを置いて、何処かに行くつもりなんだ」
唐突な話しの転換に、テレンスは「何でそうなるんだ?」と首を傾げた。
「……夢で」
ああ。テレンスは、今朝のことを思い返し、納得した。
「だから朝、泣いていたのか」
夢の内容が蘇ってきたのか、アラーナはまた、ぼろぼろと泣きはじめてしまった。慰めながら、最近、よく泣くようになったなあと、テレンスはしみじみしていた。
ウェバー公爵家にいたころ、アラーナは滅多に笑いもしなければ、泣きもしなかった。いつもどこか張り詰めていて、そのくせ、どこか諦めたような表情をしていた。
(今の方が、ずっといいな)
主と使用人という立場だったころは、ただ、何もできない自分の無力さに、打ちひしがれるだけだった。恋愛対象とか、そんなことを考える以前の問題だった。
──思えば。いつからアラーナを、一人の女性として意識するようになったのだろう。
二人で旅をするようになってから?
それとも、もうずっと前から?
(……まあ、いいか)
大切なのは今で。アラーナを誰より愛しいと想っていることが、重要だから。
テレンスはアラーナに顔を近付けると、触れるだけの口付けをした。
突然のことに、アラーナが目をまん丸にする。口付けされたことに気付いたのは、しばらく経ってからのことだった。
顔を真っ赤にして、どうすればいいかおろおろしたあと、アラーナはテレンスにがばっと抱きつき、ぼそぼそと何かを話し出した。
「……ほ、他に」
「ん?」
「……他に好きな人ができたら、すぐに言ってね」
まだ言うか。
流石にテレンスは、笑ってしまった。
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