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太陽が傾き、空が薄闇に染まりはじめたころ。アラーナとテレンスは、街道にある、宿屋に到着していた。
「部屋は空いているか?」
テレンスが宿屋の主人にたずねると、主人は、空いてるよ、と言い、テレンスの後ろにいるアラーナに目を向けた。
「部屋は一つかい? それとも二つ?」
「二つで──」
テレンスの言葉に重なるように「一つでいいんじゃない?」と言ったのは、アラーナだった。
「二つだと、余計なお金がかかるもの」
「……そんなこと、気にしなくていいんですよ」
「気にするわよ。おじさま。部屋は一つでお願いします」
はは。宿屋の主人は豪快に笑った。
「おじさまかあ。随分と品のあるお嬢さんだな。そんじゃま、二人部屋でいいか?」
「はい。ありがとうございます」
丁寧に頭を下げるアラーナに、テレンスは、はあとため息をついた。
(……まあ、確かに。こんなところでアラーナお嬢様を一人にするわけにもいかないか)
服装は、平民のものに着替えてある。けれど何気ない所作など、漂う気品は、隠しきれてはいなかった。
宿屋の一階は、食事処になっている。晩御飯をすませた二人は、用意された二階の部屋に戻ってきていた。見るもの、触れるものが全て珍しいのか、アラーナはずっと、そわそわとしている。
「アラーナおじょ……いえ、アラーナさん。ずっと移動で、疲れたでしょう。今夜は早めに寝ましょう」
アラーナは寝台に腰掛けながら、不満そうな目をテレンスに向けた。
「……さんはいらないし、丁寧な口調も止めてって言ったのに」
「いきなりは無理ですよ。少しずつで、許してください」
「……だって」
「え?」
アラーナは、何でもない、と笑い、寝台に横になった。
「おやすみなさい、テレンス」
「え、ええ。おやすみなさいませ」
テレンスは首を傾げながらも、まあいいか、と蝋燭の灯りを消した。
翌朝。
窓からの日の光で目を覚ましたテレンスは、隣の寝台で眠るアラーナを見た。アラーナはまだぐっすりと寝ていて、テレンスは思わず、目を細めた。
(やはり、よほど疲れていたようだな──っと、そうだ)
テレンスは寝台からおりると、アラーナを起こさないように静かに部屋を出て行った。
数分後。
水の入った桶を持ち、部屋に入ろうとしたところで、扉が勢いよく開いた。びくっとしたテレンスだったが。
「……アラーナ様?」
部屋から飛び出してきたアラーナは、何故か真っ青な顔をしていた。テレンスが慌てる。
「何かあったのですか?!」
「……あ、えと。起きたら、テレンスがいなかったから……置いていかれたのかと思って……」
テレンスは目を丸くした。
「そんなこと、ありえませんよ。顔を洗う水を貰ってきただけです」
「……そう、なんだ」
気まずそうに目を伏せるアラーナ。アラーナは王都を出立してから、一度も不安を口にしていない。けれど、そんなはずはないのだ。不安でたまらくて、そのうえ、頼れるのは──。
(わたしだけ……)
テレンスは桶を握る手に、ぎゅっと力を込めた。
「部屋は空いているか?」
テレンスが宿屋の主人にたずねると、主人は、空いてるよ、と言い、テレンスの後ろにいるアラーナに目を向けた。
「部屋は一つかい? それとも二つ?」
「二つで──」
テレンスの言葉に重なるように「一つでいいんじゃない?」と言ったのは、アラーナだった。
「二つだと、余計なお金がかかるもの」
「……そんなこと、気にしなくていいんですよ」
「気にするわよ。おじさま。部屋は一つでお願いします」
はは。宿屋の主人は豪快に笑った。
「おじさまかあ。随分と品のあるお嬢さんだな。そんじゃま、二人部屋でいいか?」
「はい。ありがとうございます」
丁寧に頭を下げるアラーナに、テレンスは、はあとため息をついた。
(……まあ、確かに。こんなところでアラーナお嬢様を一人にするわけにもいかないか)
服装は、平民のものに着替えてある。けれど何気ない所作など、漂う気品は、隠しきれてはいなかった。
宿屋の一階は、食事処になっている。晩御飯をすませた二人は、用意された二階の部屋に戻ってきていた。見るもの、触れるものが全て珍しいのか、アラーナはずっと、そわそわとしている。
「アラーナおじょ……いえ、アラーナさん。ずっと移動で、疲れたでしょう。今夜は早めに寝ましょう」
アラーナは寝台に腰掛けながら、不満そうな目をテレンスに向けた。
「……さんはいらないし、丁寧な口調も止めてって言ったのに」
「いきなりは無理ですよ。少しずつで、許してください」
「……だって」
「え?」
アラーナは、何でもない、と笑い、寝台に横になった。
「おやすみなさい、テレンス」
「え、ええ。おやすみなさいませ」
テレンスは首を傾げながらも、まあいいか、と蝋燭の灯りを消した。
翌朝。
窓からの日の光で目を覚ましたテレンスは、隣の寝台で眠るアラーナを見た。アラーナはまだぐっすりと寝ていて、テレンスは思わず、目を細めた。
(やはり、よほど疲れていたようだな──っと、そうだ)
テレンスは寝台からおりると、アラーナを起こさないように静かに部屋を出て行った。
数分後。
水の入った桶を持ち、部屋に入ろうとしたところで、扉が勢いよく開いた。びくっとしたテレンスだったが。
「……アラーナ様?」
部屋から飛び出してきたアラーナは、何故か真っ青な顔をしていた。テレンスが慌てる。
「何かあったのですか?!」
「……あ、えと。起きたら、テレンスがいなかったから……置いていかれたのかと思って……」
テレンスは目を丸くした。
「そんなこと、ありえませんよ。顔を洗う水を貰ってきただけです」
「……そう、なんだ」
気まずそうに目を伏せるアラーナ。アラーナは王都を出立してから、一度も不安を口にしていない。けれど、そんなはずはないのだ。不安でたまらくて、そのうえ、頼れるのは──。
(わたしだけ……)
テレンスは桶を握る手に、ぎゅっと力を込めた。
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