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 馬車に乗り、揺られること数分。アラーナはポケットから、昨夜眺めていた空色の宝石を取り出し、前に座るテレンスに見せた。

「これ、綺麗でしょう?」

「ええ、とても」

 エイベル殿下にいただいたものですか。との質問がテレンスの頭をよぎったものの、踏みとどまった。万が一そうだとしても、きっと、心からの贈り物ではないだろうと思ったから。

「これはね。四年前に亡くなった、おじいさまからいただいたものなの。こっそり、とね」

「……そうだったのですか」

 ウェバー公爵家の、前当主であるアラーナの祖父は、おそらくは唯一と言ってもいい、アヴリルと平等にアラーナのことを愛していた身内だった。

 こっそり、とは、アヴリルに知られれば、きっと盗られてしまうと考えたからだろう。

「わたしも、多少の目利きはできるから。これはきっと、本物だと思うの」

「わたしもそう思います。わたしには想像できないぐらい、高価なものかと」

「テレンスもそう思う?」

「ええ。アラーナお嬢様は、愛されていたのですね」

 そうかもしれないわね。小さく呟くと、アラーナはテレンスの右手をとった。かと思えば、テレンスの手のひらに、空色の宝石をのせた。意図がわからず、テレンスは顔をあげた。対し、アラーナは顔を伏せていた。

「……アラーナお嬢様?」

「これ、テレンスにあげるわ」

 テレンスは、え、と目を丸くした。

「ご、ご冗談を」

「いいえ。本当よ。きっとこの世で、わたしに唯一、情を向けてくれているあなたに持っていてほしいの」

「う、受け取れませんっ」

 テレンスが宝石をアラーナに返そうとする。だが、アラーナの瞳が滲んでいるのが見てとれて、テレンスは、はっとした。

 アラーナは、静かに、泣いていた。

「……違う。違うの。わたしこれから、あなたに頼みたいことがあるの。それに比べたら、これじゃ対価は少ないぐらい……」

「頼みなど、いくらでも聞きます。こんなものなどなくとも──」


「……だって、毒を手に入れるのだって、お金がいるでしょう?」

 
 毒。その言葉に、テレンスは絶句した。

「……それこそ、悪い、冗談ですよね?」

 掠れた声で問う。アラーナは、いいえ、と頭をふった。

「……ごめんなさい。こんなこと、あなたにだけは頼むべきじゃないとわかってる。でも、あなたにしか頼めないの……あなたしか……っ」

 ごめんなさい。アラーナはもう一度、謝罪した。両手で顔を覆いながら。


「……弱い人間で、ごめんなさい。でも、わたしもう、頑張れないの……」


 ぽつぽつ。ぽつぽつ。
 先ほどまで晴れていたはずの空から、雨がふりはじめた。



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