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「数日ぶりだね。デートのお誘いとか来るかと思ってたのに、どうしたの?」

 ヒューゴーが心底不思議そうに首をかしげる。リネットは、はあ、とため息をつきながら淡々と答えた。

「ヒューゴー殿下は、わたしに興味がないようでしたので。ご迷惑かと」

「興味はないけど、迷惑ではないよ。むしろ、楽しみにしていたのに。まるで恋愛対象でないきみが、僕にどういったアプローチをしてくるのかさ」

「ご期待に添えず申し訳ありませんが、今後も殿下にアプローチする気はありませんので」

 ヒューゴーが「そんな、最初から諦めなくていいのに」と苦笑し、はたと顔をあげた。リネットに手を差し伸べる。

「あ、曲が流れはじめたね。踊ってあげるよ」

「いえ、わたしは結構です」

「でも、相手、いないだろう? それともきみのような人でも、誘ってくれる人がいるの?」

 可愛らしく首を傾げているが、言っている内容は失礼そのもの。リネットが「ご心配ありがとうございます。大丈夫ですから」とにっこり笑うと、ヒューゴーは、ふうんとその手をリネットの左に差し出した。

「じゃあ、きみ。僕が踊ってあげる」

 実はずっと、リネットのまわりにはリネットを慕う学友が傍にいたのだ。むろん、二人の会話も聞いていた。ヒューゴーに手を差し出された令嬢はきっぱり「──遠慮します」と、誘いを断った。

「……え?」

 ヒューゴーが、信じられないといった風に目を丸くした。産まれたときから可愛いともてはやされ、誰もが愛する自分の誘いを断る令嬢が二人もいることが、にわかには信じられなかった。

「どうして? 僕が誘ってあげてるんだよ?」

 ヒューゴーの科白に、令嬢たちが冷たく笑いはじめた。

「ふふ。リネット様のおかげで、ヒューゴー殿下の本性が知れて良かったですわ」

「本当ですね。ああ、ほら。ヒューゴー殿下。あちらにアデラ様がいますよ。ダンスに誘ってみてはいかが?」

「そうですね。きっとお似合いですよ」

「まあ、確かに。僕に釣り合うのは、アデラ嬢ぐらいかもしれないけど……」

 よせばいいのに、またヒューゴーはよけいなことを口にした。令嬢たちが、ぴしっと固まる。人の神経を逆撫でするこの言葉選び。確かに、姉とお似合いかもしれない。そう心で呟きながら、リネットはヒューゴーに向き直った。

「わたしも、ヒューゴー殿下とお姉様はとてもお似合いだと思います。だからダンスなら、お姉様と踊ってくださいませ」

 ヒューゴーはきょとんとした。そして。

「へえ。きみって、案外健気なんだねえ」

「はあ?」

「僕が好きだけど、釣り合わないことがわかっているから潔く身を引くことを選んだんだ。何だか、恋愛小説の主人公みたいだね。ちょっと、きみに興味が出てきたかも」

「…………」

「ま、でも今日はアデラ嬢を誘うよ。きみと違って男たちに囲まれていて、取られないか心配だしね」

 それじゃね。
 ヒューゴーは手を軽くふりながら、アデラの元へと足を向けた。

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