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「おそれながら、ヒューゴー殿下とリネットの婚約はすでに、正式な手続きにて、成立しております」

 ヒューゴー殿下は目を丸くするが、それ以上に驚いていたのは、リネットだった。

「……お父様。どうして顔合わせの前に、そのようなことを」

 ベッカー公爵は「お前のためだろう!」と目をむいた。

「アデラなら私も焦らなかったさ。だがお前に婚約を申し込んでくれる者など、これを逃せばもう、現れないかもしれない。しかも、王族の方にだ。だから私は殿下の気が変わらないうちにと、陛下に頼み込み、婚約の手続きを済ませたのだ!」

 これも一種の愛情のかたち、なのだろうか。リネットは冷えた心で考える。幼いころに亡くなってしまった母親に似たアデラ。そして父親似のリネット。父親はよく、アデラとリネットを比較してきた。そしてリネットに、何かにつけ、こう言うのだ。

 ──アデラと違って可愛くないお前に、嫁の貰い手など現れるのだろうか。可哀想に、と。

 心底同情した目で。父親はそれを、心配してやっているのに、と言う。小さなころは、それはそれは傷付いた。泣きあかしたこともあった。けれど、今は違う。リネットは胸中で、ため息をついた。

(……お父様は本当に、よけいなことしかしないのね)

「そんなの、婚約解消すればいいだけの話じゃないの?」

 アデラが問うと、ベッカー公爵は苦い顔をした。

「婚約してすぐに解消などしたら、よけいにリネットの印象が悪くなり、嫁ぎ先がなくなってしまうんだよ……」

 それからベッカー公爵は、ヒューゴー殿下に頭をさげた。

「ヒューゴー殿下。どうか、リネットにひと月だけチャンスをもらえませんでしょうか?」

「どういう意味?」

「ひと月、リネットと交際してみて、それでもやはりアデラがいいとなったなら、そのときは諦めます。ですからどうか」

 その提案に誰より焦ったのは、リネットだった。リネットは特に、ヒューゴーと付き合いたいわけではない。どころか、もう嫌悪の対象にすらなりつつある。

「あの、お父様。わたしは別に」

「お前は黙っていなさい。お前はアデラと違って器量が良くないのだから、少しは男性に好かれる努力をしなさい!」

「お父様。そんなの、ヒューゴー殿下が気の毒だわ」

 アデラが嘲笑する。するとヒューゴーは「なにそれ。面白そう!」と無邪気に笑った。

「僕は自分より背の高い女性は眼中になかったんだけど、きみはそれを乗り越えて、僕に惚れさせようというんだね?」

「……いえ。わたしにその気はまったくありませんが」

 この王子様は話の流れをきちんと聞いていたのだろうか。そもそも、十七才にしては幼すぎるのではないか。色んな感情を込め、リネットはじとっとヒューゴーを見た。それをヒューゴーはどう受け取ったのか。

「いいよ。ひと月だけ、僕はきみの婚約者でいてあげる。その間に、僕を落として見せてよ」

 新しい遊びを発見したときのように、ヒューゴーは愉しげに笑った。

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