10 / 82
10
しおりを挟む
ジェンキンス伯爵の長女として生まれたミアには、父と母、そして、三つ年上の兄がいた。
ある春の日。ジェンキンス伯爵家は、家族そろって、旅行に出掛けていた。小雨が降る移動中、石に乗り上げた馬車が、転倒した。ジェンキンス伯爵の命により、速度を上げていた馬車から放り出された兄は、打ち所が悪かったらしく、そのまま間もなく、死亡。父と母も、馬車の下敷きとなり、圧死した。
運良く生き残ったミアは、急いで病院へと運ばれた。幸い、事故による大きな怪我はなく、数日で目を覚ましたのだが──。
ジェンキンス伯爵家が事故に遭ったと連絡を受け、駆けつけたのは、カール・ジェンキンス。ジェンキンス伯爵の、弟。ミアにとっては、叔父にあたる人だった。母方の祖父母はすでに他界しており、父方の祖父母は、連絡を受けたものの、姿を見せることはなかった。
「あの、ミアが。私の姪が、ここに運ばれたと連絡を受けたのですが」
病院の受け付けにカールが駆け寄る。ほどなく、医師がやってきて、ミアの病室ではない、個室に通された。
「どうぞ、そこにかけてください」
医師が座った正面の椅子を指され、カールは戸惑いながら、そこに腰を落とした。
「ミア・ジェンキンス様のことなのですが……」
重苦しい医師の口調に、カールは、顔を強張らせた。
「手紙には、馬車の事故で、唯一ミアが生き残ったとしか書かれていませんでしたが……そんなに酷い怪我を……?」
「ああ、いえ……あなたは、あの令嬢の叔父にあたる人なのですよね?」
「え、ええ」
「最後に会ったのは、いつですか?」
カールは声を詰まらせ、一旦、間を置いてから気まずそうに口を開いた。
「……お恥ずかしながら、私は、昔から兄が苦手だったもので……ジェンキンス伯爵家を出てからは、ろくに兄と会っておらず……実を言うと、ミアとも、一度も会ったことがありません」
「失礼ながら──苦手、とは。例えば、暴言を吐かれたり、暴力をふるわれたりしたとか……そんな理由だったりしますか?」
カールは、驚いたように目を瞠った。
「……どう、して」
「あの子の身体には、事故での怪我とは別に、新旧、至るところに、傷跡や打撲痕がありましてね」
カールは、ひゅっと息を吞んだ。
「……ま、さか。兄が……?」
「ジェンキンス伯爵家に仕えていた人たち数名から、話を聞きました。もう主はいないからと、隠すことなく、すべてを話てくれる人もいましたよ。助けられない罪悪感を持っている人でした。全員が、そうではありませんでしたが……」
怒りと哀しみを含んだ声色で、医師は静かにそう告げた。
ある春の日。ジェンキンス伯爵家は、家族そろって、旅行に出掛けていた。小雨が降る移動中、石に乗り上げた馬車が、転倒した。ジェンキンス伯爵の命により、速度を上げていた馬車から放り出された兄は、打ち所が悪かったらしく、そのまま間もなく、死亡。父と母も、馬車の下敷きとなり、圧死した。
運良く生き残ったミアは、急いで病院へと運ばれた。幸い、事故による大きな怪我はなく、数日で目を覚ましたのだが──。
ジェンキンス伯爵家が事故に遭ったと連絡を受け、駆けつけたのは、カール・ジェンキンス。ジェンキンス伯爵の、弟。ミアにとっては、叔父にあたる人だった。母方の祖父母はすでに他界しており、父方の祖父母は、連絡を受けたものの、姿を見せることはなかった。
「あの、ミアが。私の姪が、ここに運ばれたと連絡を受けたのですが」
病院の受け付けにカールが駆け寄る。ほどなく、医師がやってきて、ミアの病室ではない、個室に通された。
「どうぞ、そこにかけてください」
医師が座った正面の椅子を指され、カールは戸惑いながら、そこに腰を落とした。
「ミア・ジェンキンス様のことなのですが……」
重苦しい医師の口調に、カールは、顔を強張らせた。
「手紙には、馬車の事故で、唯一ミアが生き残ったとしか書かれていませんでしたが……そんなに酷い怪我を……?」
「ああ、いえ……あなたは、あの令嬢の叔父にあたる人なのですよね?」
「え、ええ」
「最後に会ったのは、いつですか?」
カールは声を詰まらせ、一旦、間を置いてから気まずそうに口を開いた。
「……お恥ずかしながら、私は、昔から兄が苦手だったもので……ジェンキンス伯爵家を出てからは、ろくに兄と会っておらず……実を言うと、ミアとも、一度も会ったことがありません」
「失礼ながら──苦手、とは。例えば、暴言を吐かれたり、暴力をふるわれたりしたとか……そんな理由だったりしますか?」
カールは、驚いたように目を瞠った。
「……どう、して」
「あの子の身体には、事故での怪我とは別に、新旧、至るところに、傷跡や打撲痕がありましてね」
カールは、ひゅっと息を吞んだ。
「……ま、さか。兄が……?」
「ジェンキンス伯爵家に仕えていた人たち数名から、話を聞きました。もう主はいないからと、隠すことなく、すべてを話てくれる人もいましたよ。助けられない罪悪感を持っている人でした。全員が、そうではありませんでしたが……」
怒りと哀しみを含んだ声色で、医師は静かにそう告げた。
124
お気に入りに追加
1,624
あなたにおすすめの小説
【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。
それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。
自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。
隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。
それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。
私のことは私で何とかします。
ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。
魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。
もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ?
これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。
表紙はPhoto AC様よりお借りしております。
所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜
しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。
高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。
しかし父は知らないのだ。
ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。
そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。
それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。
けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。
その相手はなんと辺境伯様で——。
なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。
彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。
それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。
天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。
壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。
義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。
石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。
実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。
そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。
血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。
この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。
余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~
流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。
しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。
けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
侯爵家のお飾り妻をやめたら、王太子様からの溺愛が始まりました。
二位関りをん
恋愛
子爵令嬢メアリーが侯爵家当主ウィルソンに嫁いで、はや1年。その間挨拶くらいしか会話は無く、夜の営みも無かった。
そんな中ウィルソンから子供が出来たと語る男爵令嬢アンナを愛人として迎えたいと言われたメアリーはショックを受ける。しかもアンナはウィルソンにメアリーを陥れる嘘を付き、ウィルソンはそれを信じていたのだった。
ある日、色々あって職業案内所へ訪れたメアリーは秒速で王宮の女官に合格。結婚生活は1年を過ぎ、離婚成立の条件も整っていたため、メアリーは思い切ってウィルソンに離婚届をつきつけた。
そして王宮の女官になったメアリーは、王太子レアードからある提案を受けて……?
※世界観などゆるゆるです。温かい目で見てください
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
断罪シーンを自分の夢だと思った悪役令嬢はヒロインに成り代わるべく画策する。
メカ喜楽直人
恋愛
さっきまでやってた18禁乙女ゲームの断罪シーンを夢に見てるっぽい?
「アルテシア・シンクレア公爵令嬢、私はお前との婚約を破棄する。このまま修道院に向かい、これまで自分がやってきた行いを深く考え、その罪を贖う一生を終えるがいい!」
冷たい床に顔を押し付けられた屈辱と、両肩を押さえつけられた痛み。
そして、ちらりと顔を上げれば金髪碧眼のザ王子様なキンキラ衣装を身に着けたイケメンが、聞き覚えのある名前を呼んで、婚約破棄を告げているところだった。
自分が夢の中で悪役令嬢になっていることに気が付いた私は、逆ハーに成功したらしい愛され系ヒロインに対抗して自分がヒロインポジを奪い取るべく行動を開始した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる