真実の愛は、誰のもの?

ふまさ

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 悩みの種は、もう一つ。

 ジェンキンス伯爵は、地方に領土を持つため、王都には住んでいない。王立学園に通うミアは、ジェンキンス伯爵が用意した、小さな屋敷に、使用人たちと暮らしている。

 対し、ルソー伯爵は、宮中伯だ。そのため、王都に住まいがある。エディもそこから、王立学園に通っている。

 問題は──。


「お兄様、お義姉様。おかりなさい」

 ミアが住まう屋敷に到着した、ミアとエディを笑顔で出迎えたのは、エディの妹の、コーリーだった。ふわっとした金髪をなびかせ、屋敷に入ってきたエディに駆け寄り、嬉しそうに腕をからめる。

「コーリー、またミアの屋敷で待っていたの?」

 エディが苦笑すると、コーリーは、だって、と顔を綻ばせた。

「お兄様は紳士だから、絶対にお義姉様をお屋敷までお送りするでしょう? なら、ここで待っていた方が、早くお兄様に会えるもの」

「いくら護衛付きとはいえ、コーリーはまだ十四歳なんだ。こんなに頻繁に屋敷を出入りするなんて、感心しないな。父上と母上も、心配しているよ?」

 あら。コーリーはクスクス笑った。

「きちんと、お父様の了解は得てきていますから、大丈夫ですよ。みんな、心配性なんだから」

 頬を染めるその姿は、まるで、恋する少女のようで。ミアの心が、ざわつく。

 エディには、五つ離れた兄がいる。その兄も合わせ、ルソー伯爵家はとにかく、コーリーを溺愛していた。それは、エディも例外ではなく。

 例えばコーリーがどんなわがままを要求してきたとしても、笑ってそれを叶える。いまのように、それはしてはいけないと言いつつ、叱ったところは一度として見たことがない。

 デートに乱入されたことも、もう、数え切れないほどある。それすら、エディは笑って許すのだ。けれど、申し訳なくも思っているのだろう。いつも必ず、ミアに、ごめんねと謝罪はしてくれるし、こうなることを危惧して、平日は、遅くまで学園で過ごすことも多い。

「ねえ、お兄様。早く帰りましょう? 今日のお料理は、お兄様の好きなシチューなのよ」

「そうか。シチューは、ミアも好物だったよね。良かったら、一緒に食べない?」

 エディの誘いに答える前に、コーリーが口を挟む。

「でも、お兄様。急に人数が増えると、お料理が足りなくなってしまうかもしれませんわ」

「心配ないよ。いつも、多めに作ってくれているし、なんなら、僕の分を──」

「い、いえ。わたしのことは、どうかお気になさらず……」

 遠慮するミアに、コーリーが、そうですか、とぱっと顔を輝かせた。

「ほら。お義姉様も、こう言っていることですし。早く帰りましょう?」

 ぐいぐい。ぐいぐい。エディの腕を引っ張るコーリー。エディはミアの方を申し訳なさそうに見ると、いつものように、ごめんねと謝罪しながらも、結局は、コーリーと共に屋敷を出て行ってしまった。

(……エディにとっては、わたしより、妹の方が、きっと優先順位は上なのね)

 妹にまで嫉妬する自分を情けなく思うと同時に、いつも、哀しくなる。


「──ミアお嬢様」

 この屋敷の管理を任されている執事に、名を呼ばれ、ミアは右横を向いた。心配そうな声音と表情に、少し心が落ち着く。

「今日のお夕食は、なんですか?」

 訊ねると、執事は、ほっとしたように目を細めた。

「ミアお嬢様のお好きな、ローストビーフでございますよ」

「そうなのですか? 嬉しいです。また今日も、みんなで一緒に食べましょうね。一人の食事は、味気ないですから」

「ふふ。ええ、かしこまりました」

 優しい、優しい人たち。これ以上を望めば、きっと罰があたる。それでもどこか、不安は拭えなくて。



 ♢♢♢♢♢



「今日は少し、遠回りをして帰ろうか」

 学園からの帰り道。夕陽が差し込む馬車の中。エディが、外を見ながら静かにそう提案してきた。いつもなら、少しでも長く二人でいれることが嬉しくて、すぐに二つ返事で答えていたミアだったが──。

「…………」

 俯くミアに、エディが、どうしたの、と心配そうに声をかける。ミアは、膝の上に置いたこぶしを軽く握った。

「……もうすぐ、わたしたち、進級しますね」

「そう、だね」

「そしたらコーリーも、学園に入学してきます、よね……」

 エディが俯いたままのミアに視線を向け、うん、と答える。そのまましばらく、沈黙が続いた。かと思うと、エディは立ち上がり、ミアを強く抱き締めた。

「……エディ?」

「ごめんね、ミア。でも、あの少し。学園を卒業すれば、僕たちは、ジェンキンス伯爵家に行ける。王都を出られる」

 ミアは、僅かに首を捻った。この言い方ではまるで、コーリーと離れることを望んでいるように聞こえる。いや。単に、ミアを安心させたいがためだけの科白なのかもしれないが。

 それでもミアは、口元を緩ませた。

「……エディ」

「ん?」

「……悪いと思っているのなら、く、口付け、してください」

 エディの肩に顔を埋めながら、ミアは震える声で、思い切って願いを口に出してみた。エディは数秒のち、ミアから離れ、真っ直ぐに視線を交差させた。ミアが顔を赤くしながら、目をぎゅっと閉じる。

 だが、温かいそれがそっと触れたのは、ミアの額だった。

 ミアがまぶたを開け、自分の額に触れた。しゅんと肩を落とし「……また、額」と、ぼやいた。エディはそんなミアの頭を撫でながら、柔やかに笑った。

「はじめての口付けは、もっと、ロマンチックなところでしたいんだ」

「……ロマンチック、ですか……?」

「そう。二人ともに、想い出に残るような」

 また上手くはぐらかされたような気がする。思ったが、これ以上はレディとしてはしたなく、なにより嫌われるのが怖くて、ミアは、わかりましたと頷くより他に選択肢はなかった。
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