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──その後。
殺されることも覚悟で謝罪に挑んだネイト。だが元恋人の彼女たちの制裁は、各々平手打ち一発だけ。顔面蒼白で震えるネイトに同情した結果なのだろうが、どちらにせよ、優しい人を見抜くアデラの目は、確かだったようだ。
そして。行くあてのないネイトは、やはりと言うか、アデラを頼った。父親である子爵に必死に頼み込んだアデラによって、何とかネイトは、使用人として雇ってもらうことになった。
ネイトは当然、学園を辞めざるを得なくなったが、アデラはそのまま、学園に通っていた。廊下ですれ違うこともあったが、エリンは声をかけようとは思えなかった。狭量だと言われても仕方がないが、アデラに悪いところは一切なかった、とはどうしても思えなかったからだ。
現在、ネイトはアデラの家で、使用人としてではあるが、二人で暮らしている。若い男女が二人、でだ。もしネイトがアデラと男女の関係になってしまえば、ネイトは間違いなく、今度こそ路頭に迷ってしまうだろう。二人で駆け落ちでもすれば、別の話しだが。
けれど二人は何事もなく月日を過ごし、後にアデラは、当初の予定どおり、学園を卒業すると同時に、婚約者と結婚することになる。
──さて。ネイトが屋敷を追い出された日から、半年ほど経ったころのことだろうか。
リックと街を歩いていたエリンは、アデラの後ろに立って歩くネイトを見かけ、驚愕した。いつも笑顔をたたえていたはずのその顔からは一切の表情が消え、痩せ細ったその身体は、まるで別人のようだったからだ。
アデラが何やら必死に話しかけてはいるが、ネイトは上の空。情の種類がどうであれ、大好きなアデラとずっと一緒にいられるのだから、少しは幸せを満喫しているものとばかり考えていたエリンは、ただただ、驚いていた。
でも、リックは違ったようで。
「兄う──いえ、ネイトはきっと、アデラのこと、母親のように慕っていたのだと思います」
街の曲がり角に消えていったアデラとネイトの姿を見送りながら、リックは言った。
「母親、ですか?」
「ええ。僕たちが小さい頃に亡くなってしまったのですが……ネイトは母上が大好きでしたから。どんなときも優しく、どんな自分でも受け入れてくれるアデラに、母親を重ねて見ていたのでしょう」
「なるほど。幼馴染みではなく、母親、ですか。なら、恋愛感情がないというのも納得ですね」
「……今だから言えることですが、おそらくネイトはあなたのこと、僅かながらでも、本当に愛していたと思いますよ」
「え?」
「僕があなたに想いを告げたとき、ネイトはたぶん、生まれてはじめて嫉妬していました。ネイト自身も、気付いていなかったかもしれませんが……嬉しい、ですか?」
不安そうに問われたエリンは、まさか、と笑った。
「もしそうならわたし、あなたとお付き合いしていませんよ」
「そうですか。良かったです」
心からほっとしたように微笑むリックに、エリンの心が和む。表情豊かではないと思っていたが、こうして見ると、存外わかりやすい。それが伝わったのか、リックは一つ、咳払いをした。
「まあ、とにかく。屋敷を追い出されたあげくの、はじめての失恋。アデラの存在は、そのショックを補えるほどの大きさではなかったのでしょう」
「……あれほど執着していたのに、わからないものですね」
「それらは地位と、人に愛されているという余裕と自信からくるものだったのかもしれませんね。人は失ってみてはじめて、本当に大切な者がわかると言いますし」
「ですね。まあ、あの人の話しはこれで終いにしましょう。今日は何処に連れて行ってくれるのですか?」
「今、女性の間で評判になっているという噂の店です。もうすぐ着きますよ」
ネイトとは違う不器用な笑顔。今ではそれが、心から愛しいと思える。
「それは楽しみですね」
二人は寄り添い、再び、並んで歩き出した。
─おわり─
殺されることも覚悟で謝罪に挑んだネイト。だが元恋人の彼女たちの制裁は、各々平手打ち一発だけ。顔面蒼白で震えるネイトに同情した結果なのだろうが、どちらにせよ、優しい人を見抜くアデラの目は、確かだったようだ。
そして。行くあてのないネイトは、やはりと言うか、アデラを頼った。父親である子爵に必死に頼み込んだアデラによって、何とかネイトは、使用人として雇ってもらうことになった。
ネイトは当然、学園を辞めざるを得なくなったが、アデラはそのまま、学園に通っていた。廊下ですれ違うこともあったが、エリンは声をかけようとは思えなかった。狭量だと言われても仕方がないが、アデラに悪いところは一切なかった、とはどうしても思えなかったからだ。
現在、ネイトはアデラの家で、使用人としてではあるが、二人で暮らしている。若い男女が二人、でだ。もしネイトがアデラと男女の関係になってしまえば、ネイトは間違いなく、今度こそ路頭に迷ってしまうだろう。二人で駆け落ちでもすれば、別の話しだが。
けれど二人は何事もなく月日を過ごし、後にアデラは、当初の予定どおり、学園を卒業すると同時に、婚約者と結婚することになる。
──さて。ネイトが屋敷を追い出された日から、半年ほど経ったころのことだろうか。
リックと街を歩いていたエリンは、アデラの後ろに立って歩くネイトを見かけ、驚愕した。いつも笑顔をたたえていたはずのその顔からは一切の表情が消え、痩せ細ったその身体は、まるで別人のようだったからだ。
アデラが何やら必死に話しかけてはいるが、ネイトは上の空。情の種類がどうであれ、大好きなアデラとずっと一緒にいられるのだから、少しは幸せを満喫しているものとばかり考えていたエリンは、ただただ、驚いていた。
でも、リックは違ったようで。
「兄う──いえ、ネイトはきっと、アデラのこと、母親のように慕っていたのだと思います」
街の曲がり角に消えていったアデラとネイトの姿を見送りながら、リックは言った。
「母親、ですか?」
「ええ。僕たちが小さい頃に亡くなってしまったのですが……ネイトは母上が大好きでしたから。どんなときも優しく、どんな自分でも受け入れてくれるアデラに、母親を重ねて見ていたのでしょう」
「なるほど。幼馴染みではなく、母親、ですか。なら、恋愛感情がないというのも納得ですね」
「……今だから言えることですが、おそらくネイトはあなたのこと、僅かながらでも、本当に愛していたと思いますよ」
「え?」
「僕があなたに想いを告げたとき、ネイトはたぶん、生まれてはじめて嫉妬していました。ネイト自身も、気付いていなかったかもしれませんが……嬉しい、ですか?」
不安そうに問われたエリンは、まさか、と笑った。
「もしそうならわたし、あなたとお付き合いしていませんよ」
「そうですか。良かったです」
心からほっとしたように微笑むリックに、エリンの心が和む。表情豊かではないと思っていたが、こうして見ると、存外わかりやすい。それが伝わったのか、リックは一つ、咳払いをした。
「まあ、とにかく。屋敷を追い出されたあげくの、はじめての失恋。アデラの存在は、そのショックを補えるほどの大きさではなかったのでしょう」
「……あれほど執着していたのに、わからないものですね」
「それらは地位と、人に愛されているという余裕と自信からくるものだったのかもしれませんね。人は失ってみてはじめて、本当に大切な者がわかると言いますし」
「ですね。まあ、あの人の話しはこれで終いにしましょう。今日は何処に連れて行ってくれるのですか?」
「今、女性の間で評判になっているという噂の店です。もうすぐ着きますよ」
ネイトとは違う不器用な笑顔。今ではそれが、心から愛しいと思える。
「それは楽しみですね」
二人は寄り添い、再び、並んで歩き出した。
─おわり─
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