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「女性の中で一番愛しているのはきみだけど、すべての人間の中で一番好きなのは、アデラかな」

 婚約者のネイトは何の悪びれもなく、そう言って笑った。


「……またですか」

 王都にある洒落たカフェ。二杯目の紅茶を飲みほしたエリンは、呆れたようにため息をついた。正面に座るリックが、申し訳なさそうに謝罪する。

「すみません」

「あなたが謝ることではないですよ」

「いえ。兄のしでかしたことなので」

 真顔なリックに、エリンは苦笑した。一つしか違わないこの少年は、とても真面目だ。

「あなたも大変ですね。それで。今日はどれぐらいの遅刻ですみそうですか? それともデートじたい、キャンセルでしょうか」

「何とも言えません。昨日具合が悪そうだったから、少し様子を見てくる、だそうなので。僕が行くと言ったのですが、まあ、聞き入れてくれるわけもなく」

 でしょうね。エリンは慣れたように頷いてみせた。

「なるほど。本当にアデラの具合が悪かった場合、キャンセルになりそうですね」

 う。リックは言葉を一瞬詰まらせたものの、すぐに、はい、と答えた。

「おそらくは……すでに十分の遅刻ではありますが」

「何も用がない場合、ネイトはたいてい、わたしより早く待ち合わせ場所にきていますから。まあ、遅刻は予想していましたよ」

「……そうですか」

「はい。ところでリック。このあと、ご予定は?」

 リックは心得たように「ありません。なので、よければ気がすむまで付き合いますよ」と答えた。

「そうですか。では、あと二十分だけ付き合っていただけますか?」

「それであなたも帰るのですか?」

「わたしは……まあ、あと少しだけ待とうかと」

 リックは心底不思議そうに、はあ、と声をもらした。普段あまり表情が動かない彼にしては珍しいことだ。

「これを惚れた弱み、と言うのでしょうか」

 ふふ。
 エリンはそう言って、小さく笑った。



 エリンの婚約者であるネイトは、いつもにこやか。かっこよくもあり、可愛さもあわせ持つ、天性の人当たりの良さとでも言おうか。男女関係なく寄ってくる。そんな男だった。

 そのうえ侯爵令息であり、長男でもあるのだから、学園に入学してからというもの、女子生徒に言い寄られることは多々あった。そんな彼の傍には、子爵令嬢であるアデラの姿が常にあった。

 自信なさげに、常にうつ向いているアデラ。お世辞にも見た目がいいとは言えない彼女の、学園で唯一の友達と呼べる相手は、幼馴染みであるネイトだけ。

 けれど、彼女に構うのも、話しかけるのも、常にネイトだった。むろん、二人の仲を疑う者はいたが、ネイトはいつも「彼女は大事な幼馴染みだよ」と答えていた。

 実際、学園入学からひと月もしないうちに、ネイトは告白してきた伯爵令嬢と付き合いをはじめた。アデラの様子も特に変わりなく、本当に幼馴染みの関係だったのだとまわりは思った。──ただ、アデラに構う頻度は変わらなかったけれど。

 それから少し経って、ネイトは伯爵令嬢と別れた。まもなく、別の令嬢と付き合うことになるが、ひと月もしない内にまた別れてしまった。

 まわりの女子生徒たちがネイトの元恋人に訊ねる。どうして別れたの、と。だが二人とも、たいした理由ではないと曖昧に答えるだけ。

 あんなに素敵な方なのに。どうして。

 女子生徒たちが首を傾げる。エリンもその一人だった。そんなときだったろうか。ネイトから声をかけられたのは。

「あなたは公爵令嬢という立場でありながら、傲りもなく、とても優しいお方なのですね」

 上っ面の言葉ではなく、心からの言葉だと思った。笑顔がキラキラとしていて、胸が高鳴った。

 どうしてそんなことを突然言ってきたのかは、よくわからない。校舎内の曲がり角でネイトとぶつかり、エリンが「すみません」と謝罪しながらネイトが落とした教科書を拾い、手渡そうとしたときに、何故かそう言ってきたのだ。

 公爵令嬢であるエリンに言い寄る男は、あきらかに地位が目当ての者ばかり。だからこそ、それ目当てに話しかける者は、直感でわかってしまうようになってしまっていた。

 エリンがネイトに惹かれたのは、そんな理由からだろう。それから少しずつ話すようになって、あるとき、ネイトから告白された。

 少しだけ迷った。それは、過去に付き合った女性との、別れた理由。その場で訊ねれば、答えてくれたかもしれない。でも、そこで気分を害し、告白をなかったことにされるのが怖くて、聞けなかった。


 それほどまでには、ネイトを好いていたから。

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