溺愛されていると信じておりました──が。もう、どうでもいいです。

10

　それから少しずつ、少しずつ、フィオナはフローラの陰を追いかけるようになっていった。その変化に誰より早く危機感を覚えたのは、ジェマだった。

「……フィオナ。今日も髪は束ねないの？」

「ええ。ちょっとね」

「髪を垂らしていると邪魔だって、いつも言っていたのに……」

「そう、だったかな」

　そうだよ。ジェマが小さくぼやく。けれどフィオナがこれ以上この話題に触れてほしくなさそうだと判断したジェマは、口をつぐんだ。

　それが間違いだったのかもしれない。と、ジェマは後に後悔することになる。


　勉強することすらやめてしまったフィオナの成績は、当然のことながら下がっていった。むろん、四回目に行われた試験の結果が張り出された紙に、フィオナの名前はなく。

「…………」

　無言で試験結果の紙を見上げるニールを視界の先にとらえたフィオナは、急いで踵を返した。せっかくフィオナとしての努力を認めてくれていたのに、その恩を仇で返したような罪悪感があったから。


　そんな日が二ヶ月ほど続いた、ある日の休日。侯爵家を訪ねてきたミックに、婚約を申し込まれた。

「どう、かな。駄目？」

　フィオナの自室で、二人きり。不安そうにミックが訊ねてきた。けれど、こればっかりはそう簡単にうなずくわけにはいかず。

「……でも。わたしは、フローラお姉様じゃないから……」

　これまでずっと呑み込んできた言葉を、フィオナは絞り出すように吐露した。するとミックは、

「？　そんなこと、知ってるよ？」

　と、キョトンとした。フィオナが驚愕する。

「……わ、わたしでいいの？　本当に？」

　繰り返し訊ねる。その度にミックが「うん、きみがいいんだ。フィオナ」と、笑ってくれたから。

　フィオナはその優しい言葉を信じ、ミックの婚約を受けることに決めた。



　──ずっと。小さなころからずっと欲しかったものが、よくやく手に入った気がした。


　でもそれは、本当に、気だけだったのだ。