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 フィオナは垂らしていた髪を後ろでひとまとめにすると、持っていた紐で器用に束ねた。

 ミックが眉根を寄せる。

「……どういうつもり?」

「わたしはもう、フローラお姉様になるの、やめにするわ」

「……ぼくの話し、ちゃんと聞いてなかったの?」

「聞いていたわ。昨日も、今も。ちゃんとね」

「なら、こんな結論になるわけがない。いいかい? もしきみがフローラであることをやめたら、ぼくはもう、きみを愛してあげられなくなる。それだけじゃない。侯爵だって、侯爵夫人だって、きみを愛することをやめてしまうよ?」

「でしょうね」

 手応えのない返答に苛立ったミックは、追い討ちをかけるように、さらに早口でまくし立てた。

「そしたらきみは、ぼくという婚約者どころか、家族まで失うことになる。きっと屋敷を追い出されて、食べる物も、住むところもなくってしまうんだよ。本当に、理解してる?」

 脅しのような科白も、その可能性は充分にあると考えていたフィオナは、あっけらかんと答えた。

「しているわ。その上で、やめると言っているの。何度も言わせないで」

「いいや、わかってないね。きみはぼくのことが小さなころから好きだったろう? そのぼくが、愛してあげると言っているんだ。それがどれほど幸福なことか、もう一度考えてごらん?」

 ふむ。
 フィオナは顎を掴み、考える素振りを見せた。ミックがほっとしたのもつかの間。

「それについてはわたしなりに考えてみたのだけれど……あの頃のわたしって、交友関係があなたしかいなかったのよね。それがたまたま異性で、偽りとはいえ優しくしてくれたら、それは恋だと勘違いしても仕方ないわよね?」

「……どういう意味?」

「つまりは、別にあなたでなくとも、好きになっていたということよ。ねえ、そんなことより──」

 話しは終わりとばかりに次へと進もうとするフィオナに、ミックは「そんなこと?」と、目を吊り上げた。だが、フィオナは怯まない。

「そう、そんなこと……あのね。ミックは、フローラお姉様であろとしないわたしは愛せないのよね?」

「……その通りだ。だから」

「わたしも、こうしてあなたと向かい合って殊更自覚したわ。わたしはもう、あなたと会話することさえ苦痛なぐらい、あなたが嫌いになってしまったってね。だからお互い合意ということで、婚約は解消しましょう?」

 ミックはそんなこと、予想すらしていなかったのか、大きく目を見開いた。口を半開きにしながら、

「………………は?」

 とたっぷり間をあけてから、一言そう呟いた。



 
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