溺愛されていると信じておりました──が。もう、どうでもいいです。

ふまさ

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 フローラが急死したのは、そんなときだった。


 永遠の眠りについてしまったフローラが、寝台に横になっている。父親と母親とミックがそんなフローラにすがりつき、声をあげて泣きじゃくる。まるでこの世の終わりのように。

 兄は王都から離れた場所で暮らしているため、いまはいない。みなと同じようにフローラを可愛がっていた兄のことだ。この訃報を聞けば、すぐに飛んでくるだろう。

(……これがもしわたしだったら、きっとここにいる誰も哀しまなかっただろうな)

 こんなときまで自分のことしか考えられない自身を嫌悪し、少し離れた場所から、まるで眠っているだけのようなフローラを見つめるフィオナ。まともな会話をしたのは、いつだっただろう。すぐには思い出せないほど、遠い日だったような気がする。

(……涙すら出てこない。ひどい妹よね)

 フィオナは泣き笑いを浮かべた。それから、何時間経ったころだったろうか。


「……フローラ?」

 気付けばこちらを見ていたミックが、不思議そうに呟いた。思わずうしろを振り向こうとしたフィオナに駆け寄ってきたミックは、その勢いのまま、フィオナを抱き締めた。

「…………?」

 ミックに。いや、記憶にあるかぎり誰にも抱き締めてもらったことのないフィオナが、目を丸くする。いま自分は何をされているのか、理解できなかったから。

「……違う。きみは、フローラじゃない。でも、こうして見ると、本当にそっくりだ。まるでフローラがここにいるみたいだ」

 ミックはフィオナの顔をじっくり見つめてから、優しく、優しくフィオナの頭を撫でた。フィオナはどうしていいかわからず、されるがままになっている。

「……ああ、本当だわ。フローラに、そっくり……」

「……確かに、そうだな。もっと顔をよく見せてくれ」

 驚くことに、母親と父親までもがフィオナに近づいてきた。見たことのない、穏やかな表情で。

 お前が死ねばよかったのに。そう罵られることすら覚悟していたフィオナは、息をすることすら忘れていた。

 傍にひかえる使用人が「お、奥様。旦那様。フィオナお嬢様は、フローラお嬢様では……っ」と小さく声をあげるが、誰も何の反応も示さない。

「あ、の……お父様、お母様」

「何だ?」

「なあに?」

 フィオナの問いかけに、父親と母親が笑顔で答える。こんなことははじめてで、フィオナは声をなくした。明らかに異常なこの光景に、使用人たちはみな、顔から血の気が引いていた。

 ──でも、フィオナは。

「……ミック。わたしは、お姉様なんかじゃ」

「ん?」

 フローラに向けられていた、慈しむような双眸。それがいま、フィオナに向けられている。

 違う。わかっている。ミックたちはわたしを通して、お姉様を見ている。わたしなんて見ていない。わかっている、そんなこと。

 でも。でも。


 ──それでもいいから、愛されたい。


 このとき、一瞬だけ。フィオナはそう、思ってしまったのだ。




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