上 下
70 / 74
第8章 桜吹雪の下で

7話 焦がれた唯一**

しおりを挟む
 ミソラが立ち上がったのを合図のようにして、あやかしたちが一斉に霧のようにかき消えた。近くにも、誰も残っている気配がない。
 蘇芳は、知らず詰めていた息をゆるゆると吐いた。
 しかしそれも束の間、にわかにまた違う緊張に襲われる。
 ——晴弥の方、見られない……。
 あれだけ勢いよく抱きつきにいったくせに、今更途方もなく緊張して、心臓の音が晴弥にまで聞こえてしまうのではないかと思う。
 ——でも、枷は外してあげなければ……だってきっと、すごく辛いはず。
 しかし、外したらどうなるのか、ミソラに仄めかされてしまった今、意識しないではいられない。
 逡巡している蘇芳を訝ったのか、晴弥がわずかに身動きする。
「……」
 ハッと見上げた先に、黄金の瞳があった。
 美しく、力強く、自分を射抜くその目に、どれだけ焦がれ続けてきたか。
 見つめ返したその目に浮かぶ、紛れもない熱情を認めた途端、羞恥と緊張を上回る衝動に身体が勝手に動いた。
「……、ッ」
 かじりつくように、頭を抱えて、唇を重ねる。
 ずっと、こうしたかった。初めて身体を重ねた時には、混乱と激情に飲まれてそんなことを思う余裕すらなかった。
 今だって変わらず余裕はないけれど、何が欲しいのかを、蘇芳はもう知っている。
 初めて感じるその熱さと柔らかさに目眩がしそうで、無我夢中で吸い付いた。
「ぅ、」
 晴弥が苦しげに漏らす呻きに、ハッと少しだけ我に返る。
 口付けは止めないまま、片手に握り込んでいた若葉に力を集めるように意識をし、背中を探って手枷に押しつけた。
 ごと、と重たそうな音を立てて外れた枷が晴弥の手から弾き飛ばされるのと、蘇芳の視界がぐるりと回るのとが同時だった。
「ン! ふ、ぅん、んん……ッ」
 柔らかな下草の上に組み敷かれ、むせるような濃い匂いが立ち込める。脳の奥が蕩け、意識が霞むほどの熱が腹の奥から込み上げた。
 ——あ、晴弥の匂い……すっご……。
 貪られるのが幸せで、くたりと力が抜けてしまって、ぞわぞわと急速に発情しているのが分かった。
 もう、ようやく本当に、何も気にしなくていい。
 ——これは、俺の甲。唯一の、俺のつがい。
 心の命じるままに、蘇芳は手を伸ばした。
「んぁ、ッふ、ん、ぁ……!」
 分厚い舌に口内をくまなく擦られ、口ごと食べられているような錯覚。
 こうして熱を交わす行為がこんなに切なく心を掻き立てられるものだなんて、蘇芳は初めて知った。
 ただ唇を触れ合わせるだけじゃない、ひどく無防備なところを相手に許す、身体の芯から溶けて崩れていってしまいそうな感覚を、蘇芳は全身を戦慄かせて味わっていた。
 だらしなく開いた口の端から飲みきれない唾液が溢れていくのも構っていられず、上顎を擦られる快感に息が上がる。口の中にそんなに感じる箇所があるだなんて、知らなかった。
「ぁ! んん、んぅ、!」
 着物の合わせをぐいとはだけられ、忍び入った手が素肌に滑る感触だけでぞくぞくと淡い刺激が走る。
 焦らすような触れ方に涙が溢れれば、それを舐め取られて顔中口付けられ、本当に獣の獲物になったような気分だ。そこまで求められているという事実が嬉しくて、また新しい涙があふれた。
「は、ぁ、……」
 自分でも晴弥の肌に触れたくて、力の入らない手で懸命に晴弥の帯を引っ張り、緩ませる。熱い素肌に直接触れただけで、えも言われず満たされる心地に吐息を漏らした。
「あんま煽んな」
 唸り声がしたかと思えば、きつく首筋を吸われ、歯を立てられて、蘇芳が小さく悲鳴をあげる。
「ひぁ……ッ」
 命を握られるのにも酷似した、つがう行為を想起させる歯の感触に興奮が一層増して、身体が悦びに跳ねた。首、鎖骨、と唇が降りていき、すでに期待に硬く尖っていた胸の頂に躊躇なく噛みつかれて、蘇芳が身悶えする。
「やああ……!」
 もう片方も指の腹でこねられ、腰の奥が重たくなっていく感覚にびく、びくと身体が跳ねた。
さっきから全く触れてもらえていない足の間、後ろの方がもう蕩けて疼いて仕方ない。
「や、も、っと……」
 恥じらいよりも欲しい気持ちが勝って、でも言葉にするのにはまだ理性がなくなりきっていなくて、足を巻きつけて訴える。だって、こんなの無理だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】番解消された傷物Ωの愛し方【完結】

海林檎
BL
 強姦により無理やりうなじを噛まれ番にされたにもかかわらず勝手に解消されたΩは地獄の苦しみを一生味わうようになる。  誰かと番になる事はできず、フェロモンを出す事も叶わず、発情期も一人で過ごさなければならない。  唯一、番になれるのは運命の番となるαのみだが、見つけられる確率なんてゼロに近い。  それでもその夢物語を信じる者は多いだろう。 そうでなければ 「死んだ方がマシだ····」  そんな事を考えながら歩いていたら突然ある男に話しかけられ···· 「これを運命って思ってもいいんじゃない?」 そんな都合のいい事があっていいのだろうかと、少年は男の言葉を素直に受け入れられないでいた。 ※すみません長さ的に短編ではなく中編です

【R18】孕まぬΩは皆の玩具【完結】

海林檎
BL
子宮はあるのに卵巣が存在しない。 発情期はあるのに妊娠ができない。 番を作ることさえ叶わない。 そんなΩとして生まれた少年の生活は 荒んだものでした。 親には疎まれ味方なんて居ない。 「子供できないとか発散にはちょうどいいじゃん」 少年達はそう言って玩具にしました。 誰も救えない 誰も救ってくれない いっそ消えてしまった方が楽だ。 旧校舎の屋上に行った時に出会ったのは 「噂の玩具君だろ?」 陽キャの三年生でした。

刑事は薬漬けにされる

希京
BL
流通経路がわからない謎の薬「シリー」を調査する刑事が販売組織に拉致されて無理やり犯される。 思考は壊れ、快楽だけを求めて狂っていく。

【R18】奴隷に堕ちた騎士

蒼い月
BL
気持ちはR25くらい。妖精族の騎士の美青年が①野盗に捕らえられて調教され②闇オークションにかけられて輪姦され③落札したご主人様に毎日めちゃくちゃに犯され④奴隷品評会で他の奴隷たちの特殊プレイを尻目に乱交し⑤縁あって一緒に自由の身になった両性具有の奴隷少年とよしよし百合セックスをしながらそっと暮らす話。9割は愛のないスケベですが、1割は救済用ラブ。サブヒロインは主人公とくっ付くまで大分可哀想な感じなので、地雷の気配を感じた方は読み飛ばしてください。 ※主人公は9割突っ込まれてアンアン言わされる側ですが、終盤1割は突っ込む側なので、攻守逆転が苦手な方はご注意ください。 誤字報告は近況ボードにお願いします。無理やり何となくハピエンですが、不幸な方が抜けたり萌えたりする方は3章くらいまでをおススメします。 ※無事に完結しました!

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

生意気オメガは年上アルファに監禁される

神谷レイン
BL
芸能事務所に所属するオメガの彰(あきら)は、一カ月前からアルファの蘇芳(すおう)に監禁されていた。 でも快適な部屋に、発情期の時も蘇芳が相手をしてくれて。 俺ってペットか何かか? と思い始めていた頃、ある事件が起きてしまう! それがきっかけに蘇芳が彰を監禁していた理由が明らかになり、二人は……。 甘々オメガバース。全七話のお話です。 ※少しだけオメガバース独自設定が入っています。

運命の番はいないと診断されたのに、なんですかこの状況は!?

わさび
BL
運命の番はいないはずだった。 なのに、なんでこんなことに...!?

獅子帝の宦官長

ごいち
BL
皇帝ラシッドは体格も精力も人並外れているせいで、夜伽に呼ばれた側女たちが怯えて奉仕にならない。 苛立った皇帝に、宦官長のイルハリムは後宮の管理を怠った罰として閨の相手を命じられてしまう。    強面巨根で情愛深い攻×一途で大人しそうだけど隠れ淫乱な受     R18:レイプ・モブレ・SM的表現・暴力表現多少あります。 2022/12/23 エクレア文庫様より電子版・紙版の単行本発売されました 電子版 https://www.cmoa.jp/title/1101371573/ 紙版 https://comicomi-studio.com/goods/detail?goodsCd=G0100914003000140675 単行本発売記念として、12/23に番外編SS2本を投稿しております 良かったら獅子帝の世界をお楽しみください ありがとうございました!

処理中です...