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第8章 桜吹雪の下で
5話 晴弥の答え
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「あの時お前の目を見て、私には分かっていた。自分で気づいていなかっただろうが、お前の行く先は私のところではないのだとね」
その声に責める響きは感じられなかったが、それでも蘇芳は自分の身勝手さに目を伏せる。
「お前の意思で、私を選んでくれたなら、私は喜んで受け入れただろう。繋いでおくなんてとんでもないよ。けれど、私には分かっていた。お前をそこまで駆り立てたものが、なんなのか」
苦味のまざる微笑で、ミソラは静かに続ける。
「出会ってしまったら、もう止めることはできない。晴弥がそれを認めたくなかったのは、私に自分を重ねたくなかったのだろうと分かってはいた。けれど、そのようにして我々は生まれ、生き、共にあるものだ。それは我々がこの地上に生まれ出た時からそうであり、これからもそうあるだろう。……皮肉なことに、晴弥のそれは杞憂だけれどね」
ミソラは改めて晴弥へ目をやり、晴弥もミソラの含みのある物言いに嫌そうに顔を上げた。
「私は、唯一を見つけられなかった。私をして、というとまた晴弥に罵られそうだな。けれど、これほどの土地を統べ、これだけ長きにわたって生きている私ですら、出会えなかった。私に叶わなかったことを、晴弥、お前は成し遂げたんだよ」
そう言ってミソラが浮かべた笑みは、蘇芳が今まで見てきた中で最も人のそれに近く、ミソラという存在の計り知れなさを改めて思い知らされる。
——ああ……このひともまた、その身のうちに、抱えていたのか。
あやかしという、人の持つような個としての意識は持たない生命にあって、唯一無二を感じられるものに惹かれるのは、長い間かけて人と隣り合わせに生きてきたことでその在り方に現れた変化なのかもしれない。
「ハッ、何訳わかんねえこと言ってんだよ」
晴弥の声はその言葉に反してどこか弱々しかった。それに対してミソラが少しだけ意地の悪い顔になるから、蘇芳は驚きを隠せない。どれだけの感情が、この二人の間に流れてきたのか、想像するに余りある表情だった。
「お前ももう分かっているだろう。私にだって分かるほどだ。……唯一のつがいの、惹き合う力を。他の誰にも感じたことのない、強烈な衝動を。お前自身が証となっているんだよ。お前が、思い込みだと糾弾した、まさにそれが、本当にあるのだとね。お前を羨んでいないと言ったら、嘘になるのだろうな」
晴弥は束の間黙り込み、それからふんと鼻を鳴らしたが、もう言い返そうとはしなかった。代わりに、晴弥の背中に回していた蘇芳の手がそっと握られて、蘇芳の心臓が大きく跳ねる。
「……!」
晴弥の手の熱さが、蘇芳の鼓動を早める。それが、晴弥の答えなのだと、何も言われなくても蘇芳には分かった。
その声に責める響きは感じられなかったが、それでも蘇芳は自分の身勝手さに目を伏せる。
「お前の意思で、私を選んでくれたなら、私は喜んで受け入れただろう。繋いでおくなんてとんでもないよ。けれど、私には分かっていた。お前をそこまで駆り立てたものが、なんなのか」
苦味のまざる微笑で、ミソラは静かに続ける。
「出会ってしまったら、もう止めることはできない。晴弥がそれを認めたくなかったのは、私に自分を重ねたくなかったのだろうと分かってはいた。けれど、そのようにして我々は生まれ、生き、共にあるものだ。それは我々がこの地上に生まれ出た時からそうであり、これからもそうあるだろう。……皮肉なことに、晴弥のそれは杞憂だけれどね」
ミソラは改めて晴弥へ目をやり、晴弥もミソラの含みのある物言いに嫌そうに顔を上げた。
「私は、唯一を見つけられなかった。私をして、というとまた晴弥に罵られそうだな。けれど、これほどの土地を統べ、これだけ長きにわたって生きている私ですら、出会えなかった。私に叶わなかったことを、晴弥、お前は成し遂げたんだよ」
そう言ってミソラが浮かべた笑みは、蘇芳が今まで見てきた中で最も人のそれに近く、ミソラという存在の計り知れなさを改めて思い知らされる。
——ああ……このひともまた、その身のうちに、抱えていたのか。
あやかしという、人の持つような個としての意識は持たない生命にあって、唯一無二を感じられるものに惹かれるのは、長い間かけて人と隣り合わせに生きてきたことでその在り方に現れた変化なのかもしれない。
「ハッ、何訳わかんねえこと言ってんだよ」
晴弥の声はその言葉に反してどこか弱々しかった。それに対してミソラが少しだけ意地の悪い顔になるから、蘇芳は驚きを隠せない。どれだけの感情が、この二人の間に流れてきたのか、想像するに余りある表情だった。
「お前ももう分かっているだろう。私にだって分かるほどだ。……唯一のつがいの、惹き合う力を。他の誰にも感じたことのない、強烈な衝動を。お前自身が証となっているんだよ。お前が、思い込みだと糾弾した、まさにそれが、本当にあるのだとね。お前を羨んでいないと言ったら、嘘になるのだろうな」
晴弥は束の間黙り込み、それからふんと鼻を鳴らしたが、もう言い返そうとはしなかった。代わりに、晴弥の背中に回していた蘇芳の手がそっと握られて、蘇芳の心臓が大きく跳ねる。
「……!」
晴弥の手の熱さが、蘇芳の鼓動を早める。それが、晴弥の答えなのだと、何も言われなくても蘇芳には分かった。
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