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第8章 桜吹雪の下で
3話 あなたに出会えたから
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鋭い声で遮られても、止まれない。
「あなたを、お慕いしています。あなたのことを誰より、大切に思っています。誰も信じられないというあなたが信じられるまで、何度でも伝えます。それが、俺の答えです」
「お前は一度抱かれてその気になってるだけだ! 第二性の本能にそう思い込まされてるだけだって分からねえのか? その思い込みが、俺やお前を生み出したと言ったのを忘れたか!」
どこかが痛むかように顔を歪めた晴弥が、刺々しく言い返す。けれど、もうその言葉に怯む蘇芳ではなかった。
「そんなんじゃない! うまく言えないけど、もう俺には分かってる。合いの子だったからあなたに出会えたなら、俺は合いの子に生まれて良かったんだ!」
叫ぶ蘇芳の頬を、生暖かい雫が伝って落ちる。それは後から後からあふれてはこぼれ落ちて、まるで蘇芳の思いの丈が今ようやく形を得たようだった。
晴弥は、蘇芳の叫びに飲まれたように絶句していた。
涙で霞んだ蘇芳の視界に、ぼうっと明るいものが明滅する。蘇芳の周りをちらちらと光り舞うそれは、全てが始まったあの日に激情に飲まれた蘇芳から迸ったものと同じ、力の結晶である火の粉だった。
どれだけ努力しても使いこなせず、人と自分を隔てるものであるように忌々しく思っていたこの力も、晴弥との橋渡しになるものだと思えば違って感じられる。蘇芳の心を表すように、火の粉は誰を襲うこともなく、蘇芳から煌めきながら立ち上っては闇に溶けていった。
誰も何も言わない、しんと静まり返った闇の中で、蘇芳のしゃくりあげるような荒い呼吸が響く。
永遠のように思われた沈黙を破ったのは、ミソラだった。
「やれやれ、ここまで言われちゃ、悪ガキも形無しだね」
ミソラはいつもの笑顔に戻っていた。しかし、どことなく物憂げな気配のする笑みに、蘇芳は引っかかる。
「蘇芳……、お前の考えていることは、分かったよ。そこまでお前は分かって、それでもその身を投げ出すというのなら、私はそれを受け入れよう」
「ミソラ!」
初めて、晴弥がその名を口にした。
「だめだ。それは……俺が許さねえ」
苦しそうに顔を歪めながら、晴弥は立ちあがろうとするが、足に力が入らないのかぐしゃりと崩れ落ちる。蘇芳は思わず駆け寄って、背中を支えた。
どれほど、この体温を感じたかっただろう。蘇芳はぎりぎりと奥歯を食いしばりながら目を伏せる晴弥を衝動のままにかき抱いた。びくりと身をすくめる晴弥の背を、宥めるように何度もさする。
近づけば発情に引き摺り込まれるからと姿さえ見ることが叶わなかった。今、力を封じられ、首筋に鼻をすり寄せてもその香りがしないことに胸が引き裂かれるような痛みさえ覚える。
うめくように、晴弥が口を開いた。
「だめだっつってんだろ……お前が、あいつにいいようにされて、俺が笑ってられると思ってんなら、お前をこの場で二度と俺に近づきたくならないようにこっぴどい目に遭わせてやる」
めちゃくちゃなことを言いながら、晴弥が顔を上げてミソラを睨み上げる。
「変な小細工しようとすんな。こいつを代わりにするくらいなら、最初から俺を罰しろ。三百年だろうが三千年だろうが、好きにすればいい」
「晴弥……」
後ろ手に縛られているから、だけではなく、蘇芳を拒絶しようとはしない晴弥に、蘇芳は晴弥の心のわずかな変化を感じていた。止まらない涙に、晴弥の着物の肩口が濡れていく。
——あなたはそれでいいというの……?
分からなかった。晴弥が自分のためにそんな仕打ちを受けるのは耐え難い。
けれど、今しがた言われたこと——自分がミソラのものになることもまた、晴弥には耐え難いのだと、そう言われたら、もうどうしていいのか分からない。えも言われぬ喜びと痛みとが、同時に込み上げる。
はあ、とため息が上から落ちてきて、蘇芳は涙で霞んだ目を擦り、ミソラを見上げる。見上げたミソラの顔は、見たことのない呆れ笑いを載せていた。
「あなたを、お慕いしています。あなたのことを誰より、大切に思っています。誰も信じられないというあなたが信じられるまで、何度でも伝えます。それが、俺の答えです」
「お前は一度抱かれてその気になってるだけだ! 第二性の本能にそう思い込まされてるだけだって分からねえのか? その思い込みが、俺やお前を生み出したと言ったのを忘れたか!」
どこかが痛むかように顔を歪めた晴弥が、刺々しく言い返す。けれど、もうその言葉に怯む蘇芳ではなかった。
「そんなんじゃない! うまく言えないけど、もう俺には分かってる。合いの子だったからあなたに出会えたなら、俺は合いの子に生まれて良かったんだ!」
叫ぶ蘇芳の頬を、生暖かい雫が伝って落ちる。それは後から後からあふれてはこぼれ落ちて、まるで蘇芳の思いの丈が今ようやく形を得たようだった。
晴弥は、蘇芳の叫びに飲まれたように絶句していた。
涙で霞んだ蘇芳の視界に、ぼうっと明るいものが明滅する。蘇芳の周りをちらちらと光り舞うそれは、全てが始まったあの日に激情に飲まれた蘇芳から迸ったものと同じ、力の結晶である火の粉だった。
どれだけ努力しても使いこなせず、人と自分を隔てるものであるように忌々しく思っていたこの力も、晴弥との橋渡しになるものだと思えば違って感じられる。蘇芳の心を表すように、火の粉は誰を襲うこともなく、蘇芳から煌めきながら立ち上っては闇に溶けていった。
誰も何も言わない、しんと静まり返った闇の中で、蘇芳のしゃくりあげるような荒い呼吸が響く。
永遠のように思われた沈黙を破ったのは、ミソラだった。
「やれやれ、ここまで言われちゃ、悪ガキも形無しだね」
ミソラはいつもの笑顔に戻っていた。しかし、どことなく物憂げな気配のする笑みに、蘇芳は引っかかる。
「蘇芳……、お前の考えていることは、分かったよ。そこまでお前は分かって、それでもその身を投げ出すというのなら、私はそれを受け入れよう」
「ミソラ!」
初めて、晴弥がその名を口にした。
「だめだ。それは……俺が許さねえ」
苦しそうに顔を歪めながら、晴弥は立ちあがろうとするが、足に力が入らないのかぐしゃりと崩れ落ちる。蘇芳は思わず駆け寄って、背中を支えた。
どれほど、この体温を感じたかっただろう。蘇芳はぎりぎりと奥歯を食いしばりながら目を伏せる晴弥を衝動のままにかき抱いた。びくりと身をすくめる晴弥の背を、宥めるように何度もさする。
近づけば発情に引き摺り込まれるからと姿さえ見ることが叶わなかった。今、力を封じられ、首筋に鼻をすり寄せてもその香りがしないことに胸が引き裂かれるような痛みさえ覚える。
うめくように、晴弥が口を開いた。
「だめだっつってんだろ……お前が、あいつにいいようにされて、俺が笑ってられると思ってんなら、お前をこの場で二度と俺に近づきたくならないようにこっぴどい目に遭わせてやる」
めちゃくちゃなことを言いながら、晴弥が顔を上げてミソラを睨み上げる。
「変な小細工しようとすんな。こいつを代わりにするくらいなら、最初から俺を罰しろ。三百年だろうが三千年だろうが、好きにすればいい」
「晴弥……」
後ろ手に縛られているから、だけではなく、蘇芳を拒絶しようとはしない晴弥に、蘇芳は晴弥の心のわずかな変化を感じていた。止まらない涙に、晴弥の着物の肩口が濡れていく。
——あなたはそれでいいというの……?
分からなかった。晴弥が自分のためにそんな仕打ちを受けるのは耐え難い。
けれど、今しがた言われたこと——自分がミソラのものになることもまた、晴弥には耐え難いのだと、そう言われたら、もうどうしていいのか分からない。えも言われぬ喜びと痛みとが、同時に込み上げる。
はあ、とため息が上から落ちてきて、蘇芳は涙で霞んだ目を擦り、ミソラを見上げる。見上げたミソラの顔は、見たことのない呆れ笑いを載せていた。
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