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第7章 本当の気持ち
9話 罪と罰
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「本当にそうかな?」
蘇芳をよそに、ミソラが冷たい目で晴也を見下ろす。
「私を非難するならば、同じ理屈でお前自身も非難されることになるがね? その威嚇が何よりの証だ。それは、お前のあやかしとしての本能がそうさせている。自分の唯一となるつがいを見つけたあやかしは、そうなるものだからね」
「黙れ! 唯一なんざ、お前らの作り出した都合のいい、くだらない思い込みだ! そんなもので、俺は……!」
「だとしても、お前は罰せられねばならない。お前にも、私にも、それぞれに事情と立場がある。けれどそのすべてに優先して、私はこの地の理を保たなくてはならない。それを脅かすものを見過ごすことはできないのだよ。私は、お前の親としてでも、一人の癸を挟んで向かい合う甲としてでもなく、この地を預かるものとして、今お前の前に立っている。……私は、お前を我々の一人として扱う。それが私にできる最大の譲歩だ、分かってくれるね」
晴弥の悲痛にも聞こえる怒鳴り声を制するように澱みなく言い切ったミソラだが、最後に、つぶやくように付け加えた。
その意味を、蘇芳は思う。蘇芳にも測りきれない、ミソラと晴弥が経てきた時の流れを垣間見るようだった。
話は終わりだと言うようにミソラが一歩後ろへ下がり、厳かな顔つきに変わる。
「この者、いたずらに理を乱し、人里にて無用な狼藉を働き恐怖を与えたことに対し、謹慎三百年を言い渡す。その間人里へ降りることを含めて一切の越境を禁ずる。どこにいようと、私の目から逃れられると思うな。もちろんこの地で何か諍いを起こすようなら、その時はより厳しい処遇になる。心得よ」
「さ、三百年……!?」
声を上げてから、自分がこの場で最も部外者であることを思い出し、蘇芳は慌てて口をつぐんだ。
あまりに途方もない時間だ。それだけの間、晴弥は命こそ取られないとは言え、事実上の軟禁状態で、ただ「生きるだけ」になる。いくらあやかしが長命といっても、想像すらできないほどの、時間。
「三百年だ」
蘇芳の声が届いているのかいないのか、ミソラが厳かに繰り返す。
「お前が生きてきた時の半分にもなる期間を、ここで己を振り返る時にしろと言われるその意味を、よく考えなさい」
周りのあやかしたちからは何の反応もない。賛同しているのか、ただその決定を受け入れているだけなのかさえも読み取れない。しかしそれはすなわち、ミソラとこのあやかしたちが意思を同じくしていることだとも受け取れた。
——そんな……。
そんなことで終わりになっていいはずがない。ミソラだって、どうして晴弥がこんな行きすぎたことをしでかしたのか、分かっているはずなのに。これでは晴弥の苦しみは何も解決しない。心を傷つけ、いっそう拗れるだけだ。
三百年。それほどの時間を、ただ生かされるだけ。それがどれほど、晴弥にとって残酷で、辛いか。命を取られた方がましではないか。
——ようやく、会えたのに……!
ようやく、分かったのだ。この世で一番大切にしたいものを。自分が、助けたかったのに。あと一歩、届かなくて、この人はそんな酷い目に遭わされなければいけないのか。自分には、何もできないのか。
蘇芳は胸が潰れそうになった。
「ミソラさま……!」
耐えられなくて、叫んでいた。
ミソラが滑るような動作で、蘇芳のほうへ振り向く。
口から出てしまったものは、もう戻らない。その場の全員の視線が、自分に集まっているのを蘇芳は感じた。
「……っ」
たった今、蘇芳の中に、湧き上がるように強い思いが生まれた。
予想に反して、ミソラの目には怒りも、呆れも、苛立ちも感じられない。怯みそうになりなる足を精一杯踏ん張り、声を張る。
「お願いがあります」
蘇芳をよそに、ミソラが冷たい目で晴也を見下ろす。
「私を非難するならば、同じ理屈でお前自身も非難されることになるがね? その威嚇が何よりの証だ。それは、お前のあやかしとしての本能がそうさせている。自分の唯一となるつがいを見つけたあやかしは、そうなるものだからね」
「黙れ! 唯一なんざ、お前らの作り出した都合のいい、くだらない思い込みだ! そんなもので、俺は……!」
「だとしても、お前は罰せられねばならない。お前にも、私にも、それぞれに事情と立場がある。けれどそのすべてに優先して、私はこの地の理を保たなくてはならない。それを脅かすものを見過ごすことはできないのだよ。私は、お前の親としてでも、一人の癸を挟んで向かい合う甲としてでもなく、この地を預かるものとして、今お前の前に立っている。……私は、お前を我々の一人として扱う。それが私にできる最大の譲歩だ、分かってくれるね」
晴弥の悲痛にも聞こえる怒鳴り声を制するように澱みなく言い切ったミソラだが、最後に、つぶやくように付け加えた。
その意味を、蘇芳は思う。蘇芳にも測りきれない、ミソラと晴弥が経てきた時の流れを垣間見るようだった。
話は終わりだと言うようにミソラが一歩後ろへ下がり、厳かな顔つきに変わる。
「この者、いたずらに理を乱し、人里にて無用な狼藉を働き恐怖を与えたことに対し、謹慎三百年を言い渡す。その間人里へ降りることを含めて一切の越境を禁ずる。どこにいようと、私の目から逃れられると思うな。もちろんこの地で何か諍いを起こすようなら、その時はより厳しい処遇になる。心得よ」
「さ、三百年……!?」
声を上げてから、自分がこの場で最も部外者であることを思い出し、蘇芳は慌てて口をつぐんだ。
あまりに途方もない時間だ。それだけの間、晴弥は命こそ取られないとは言え、事実上の軟禁状態で、ただ「生きるだけ」になる。いくらあやかしが長命といっても、想像すらできないほどの、時間。
「三百年だ」
蘇芳の声が届いているのかいないのか、ミソラが厳かに繰り返す。
「お前が生きてきた時の半分にもなる期間を、ここで己を振り返る時にしろと言われるその意味を、よく考えなさい」
周りのあやかしたちからは何の反応もない。賛同しているのか、ただその決定を受け入れているだけなのかさえも読み取れない。しかしそれはすなわち、ミソラとこのあやかしたちが意思を同じくしていることだとも受け取れた。
——そんな……。
そんなことで終わりになっていいはずがない。ミソラだって、どうして晴弥がこんな行きすぎたことをしでかしたのか、分かっているはずなのに。これでは晴弥の苦しみは何も解決しない。心を傷つけ、いっそう拗れるだけだ。
三百年。それほどの時間を、ただ生かされるだけ。それがどれほど、晴弥にとって残酷で、辛いか。命を取られた方がましではないか。
——ようやく、会えたのに……!
ようやく、分かったのだ。この世で一番大切にしたいものを。自分が、助けたかったのに。あと一歩、届かなくて、この人はそんな酷い目に遭わされなければいけないのか。自分には、何もできないのか。
蘇芳は胸が潰れそうになった。
「ミソラさま……!」
耐えられなくて、叫んでいた。
ミソラが滑るような動作で、蘇芳のほうへ振り向く。
口から出てしまったものは、もう戻らない。その場の全員の視線が、自分に集まっているのを蘇芳は感じた。
「……っ」
たった今、蘇芳の中に、湧き上がるように強い思いが生まれた。
予想に反して、ミソラの目には怒りも、呆れも、苛立ちも感じられない。怯みそうになりなる足を精一杯踏ん張り、声を張る。
「お願いがあります」
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