上 下
61 / 74
第7章 本当の気持ち

7話 父と息子

しおりを挟む
「おまえ、まだそんな憎まれ口を叩く余裕があるんだねえ」
 ミソラが呆れ笑いで足元を見下ろす。蘇芳が聞いたこともない声だった。
 ‪—‬—ミソラさまは、今どんな気持ちで晴弥の前にいるんだろうか。
 この一帯を治めるあやかしの長としてなのか、あるいは……父としてなのか。
「自分がやったことを分かっているものの口のきき方はどんなだったか思い出させてやらないといけないかい?」
 穏やかな、しかし背筋の寒くなるような問いかけに、蘇芳がようやく一歩前に踏み出した。
「待ってください……!」
 この状況から見て、一番当たって欲しくなかった予想が当たってしまっていることが明らかだった。
 あやかしたちの無言の視線を振り切り、輪の中へ足を踏み入れる。
 片眉を上げ、じっと蘇芳の動きを見守るミソラと、その足元の晴弥の前に、蘇芳は立った。
 正直なところ、足の震えは止まらないし、心臓は今にも弾け飛びそうだ。
 でも、自分しかいない、と思った。今ここで、流れに逆らうことができるのは、自分しかいない。この場の誰にも求められていなくても、自分が初めて、大事にしたいと思ったその気持ちをなかったことにはしたくなかった。
「そのひとを……晴弥を、どうするおつもりですか」
 きっとこの状態で自分に見下ろされるのは屈辱だろうと、晴弥を見つめたい気持ちを抑え、ミソラから目を逸らさずに蘇芳は言った。
 ミソラは口元だけで小さく笑い、冷たく澄んだ目で蘇芳を見た。
「少し見ない間に、随分いろいろと考えるようになったのだね、私の可愛い蘇芳」
 蘇芳より先に、地面に転がされている晴弥がぴくりと肩を揺らし、首を捻って射殺しそうな形相でミソラを睨み上げるのが視界の隅に見えた。
 蘇芳は、自分の心の中までを見透かされるような居心地の悪さと同時に、今目の前に立つのはかつての養い親としてのミソラではなく、自分の治める地で起こる全てを識り、統べる者としての圧倒的な力を感じ、思わず目を伏せる。
 ミソラは晴弥の反応を気に留めた様子もなく、また蘇芳が呼びかけに応じそうにないのを分かってか、軽く肩をすくめて続けた。
「心配しなくても、この子には反省してもらうだけだよ。悪戯も多少のことなら大目に見るが、度が過ぎれば均衡を乱す。他のものへの手前もあるし、それなりにもうする気にならないくらいの罰にはなるだろうけれどね。……いつまでたっても手のかかる子だ、私の責任でもあるのだけれど」
 最後の一言はまるで自分に言い聞かせるようにつぶやかれた。しかし、そこに怒声が被さる。
「おい、黙ってりゃ勝手に御託を並べやがって。今更父親ヅラしてんじゃねえぞ」
 きっとそうだろう、と思っていたことだけれど、はっきりと言葉にされるのを聞いた蘇芳は静かに息を飲んだ。
 悲しみと、やりきれなさと、足掻いてもどうしようもないものを前にして、絶望に抵抗することの虚しさとずっと戦ってきたのだと、自分に対するよりも遥かに感情をむき出した晴弥に、蘇芳は胸を掻きむしられるような思いになる。
 しかし、ミソラはそれに怒るでもなく、むしろ親しい者にしか許されない気安ささえ覗く表情で晴弥を見下ろした。
「お前だって私のことを父だなんて思ってないだろう。それだけ威嚇を撒き散らして」
 眉をあげて揶揄うように言うミソラに、晴弥が目に見えて狼狽える。
「な、っ……!」
「おや、無自覚かい? 全くお前ときたら、親を捕まえて恋敵認定とはね。ここにいる皆、肌に突き刺さるくらい感じているよ」
 話の雲行きが読めなくなってきた蘇芳は、懸命に追いつこうと二人の顔を交互に見る。
「これは俺の癸だ! ってね」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】聖アベニール学園

野咲
BL
[注意!]エロばっかしです。イマラチオ、陵辱、拘束、スパンキング、射精禁止、鞭打ちなど。設定もエグいので、ダメな人は開かないでください。また、これがエロに特化した創作であり、現実ではあり得ないことが理解できない人は読まないでください。 学校の寄付金集めのために偉いさんの夜のお相手をさせられる特殊奨学生のお話。

オトナの玩具

希京
BL
12歳のカオルは塾に行く途中、自転車がパンクしてしまい、立ち往生しているとき車から女に声をかけられる。 塾まで送ると言ってカオルを車に乗せた女は人身売買組織の人間だった。 売られてしまったカオルは薬漬けにされて快楽を与えられているうちに親や教師に怒られるという強迫観念がだんだん消えて自我が無くなっていく。

【R18】番解消された傷物Ωの愛し方【完結】

海林檎
BL
 強姦により無理やりうなじを噛まれ番にされたにもかかわらず勝手に解消されたΩは地獄の苦しみを一生味わうようになる。  誰かと番になる事はできず、フェロモンを出す事も叶わず、発情期も一人で過ごさなければならない。  唯一、番になれるのは運命の番となるαのみだが、見つけられる確率なんてゼロに近い。  それでもその夢物語を信じる者は多いだろう。 そうでなければ 「死んだ方がマシだ····」  そんな事を考えながら歩いていたら突然ある男に話しかけられ···· 「これを運命って思ってもいいんじゃない?」 そんな都合のいい事があっていいのだろうかと、少年は男の言葉を素直に受け入れられないでいた。 ※すみません長さ的に短編ではなく中編です

EDEN ―孕ませ―

豆たん
BL
目覚めた所は、地獄(エデン)だった―――。 平凡な大学生だった主人公が、拉致監禁され、不特定多数の男にひたすら孕ませられるお話です。 【ご注意】 ※この物語の世界には、「男子」と呼ばれる妊娠可能な少数の男性が存在しますが、オメガバースのような発情期・フェロモンなどはありません。女性の妊娠・出産とは全く異なるサイクル・仕組みになっており、作者の都合のいいように作られた独自の世界観による、倫理観ゼロのフィクションです。その点ご了承の上お読み下さい。 ※近親・出産シーンあり。女性蔑視のような発言が出る箇所があります。気になる方はお読みにならないことをお勧め致します。 ※前半はほとんどがエロシーンです。

【R18】奴隷に堕ちた騎士

蒼い月
BL
気持ちはR25くらい。妖精族の騎士の美青年が①野盗に捕らえられて調教され②闇オークションにかけられて輪姦され③落札したご主人様に毎日めちゃくちゃに犯され④奴隷品評会で他の奴隷たちの特殊プレイを尻目に乱交し⑤縁あって一緒に自由の身になった両性具有の奴隷少年とよしよし百合セックスをしながらそっと暮らす話。9割は愛のないスケベですが、1割は救済用ラブ。サブヒロインは主人公とくっ付くまで大分可哀想な感じなので、地雷の気配を感じた方は読み飛ばしてください。 ※主人公は9割突っ込まれてアンアン言わされる側ですが、終盤1割は突っ込む側なので、攻守逆転が苦手な方はご注意ください。 誤字報告は近況ボードにお願いします。無理やり何となくハピエンですが、不幸な方が抜けたり萌えたりする方は3章くらいまでをおススメします。 ※無事に完結しました!

きょうもオメガはワンオぺです

トノサキミツル
BL
ツガイになっても、子育てはべつ。 アルファである夫こと、東雲 雅也(しののめ まさや)が交通事故で急死し、ワンオペ育児に奮闘しながらオメガ、こと東雲 裕(しののめ ゆう)が運命の番い(年収そこそこ)と出会います。

最愛の夫に、運命の番が現れた!

竜也りく
BL
物心ついた頃からの大親友、かつ現夫。ただそこに突っ立ってるだけでもサマになるラルフは、もちろん仕事だってバリバリにできる、しかも優しいと三拍子揃った、オレの最愛の旦那様だ。 二人で楽しく行きつけの定食屋で昼食をとった帰り際、突然黙り込んだラルフの視線の先を追って……オレは息を呑んだ。 『運命』だ。 一目でそれと分かった。 オレの最愛の夫に、『運命の番』が現れたんだ。 ★1000字くらいの更新です。 ★他サイトでも掲載しております。

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

処理中です...