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第7章 本当の気持ち
4話 不穏な噂
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それから半月ほどが経った夕暮れ時。
蘇芳は頼まれていた薬を届けた帰り、町の中通りを歩いていた。この頃は冬の寒さもだいぶ緩み、日の長さが春の足音を感じさせる。
通りの外れで商人とその客らしき女が立ち話をしている。そのそばを通り過ぎようとした時、聞こえてきた言葉が妙に蘇芳の耳にとまった。
「なんてまあ、恐ろしい話だねえ」
「ああ、本当にな。可哀想に、年端も行かない子どもらばかり狙われて、何の因果かねえ……なかなか授からなかった家や遅くにできたところばかりだっていうんだから、ひでえ話だよ。煙みてえに消えちまって、戻ってきたと思ったら、もう……」
話の中身が気になって、さりげなく近くの路地に身を滑り込ませた。帳面を確認しているふうを装って会話の続きを立ち聞きする。
「最初は人攫いの線で見回りを増やしたりしてたらしいんだが、しばらくすると帰ってくる。その上、……」
そこで男が人目を憚るように大袈裟な顔つきで声をひそめるものだから、蘇芳も限界まで身を乗り出して耳をすませる。
「……もう、人と思えない有様だと。目は虚ろ、口もきけねえ、もう生きたまま魂抜かれて人形にされちまったみてえだと。大きな声じゃ言えねえが、呪いの類か、よくないものに取り憑かれたんじゃねえかって話もある。とにかく人の仕業とは思えねえ。次は町一番の大店の一人息子がやられんじゃねえかって、もう祈祷師を呼ぶわ用心棒を立たせるわでそりゃ物々しいことになってるってよ」
「くわばら、くわばら。ほんと勘弁してほしいねえ……ついこの前の物盗りも結局うやむやだもの、あたしも厄祓いにでも行ってこようかね」
蘇芳は耳の後ろがざわりとするような不安を覚えた。
人攫い。煙のように消えて、帰ってきたら魂を抜かれたようになっている。その状態に、蘇芳はあまりに心当たりがあった。
かつて、あやかしたちが人の行き過ぎた行いを止めるために話していた時に、蘇芳が耳にした「魂抜き」という言葉、それを聞いて思い起こされた、幼い頃の大人の脅し文句。今聞いた話は、まさにそれと合致する。
——これは、あやかしの仕業……? でも、話を聞く限りその人たちは自然の均衡に障るような、あやかしが動く理由になることは何もしていそうにない。でも……だとしたら、晴弥が……? そんな、そこまで酷いことをあの人が?
自分の想像に、蘇芳は自分でひどく傷ついていた。
他愛もないとは言わないが、それでも手当たり次第に物を盗るのとは全く話が違う。あやかしに人の常識は通用しないだろうが、もし晴弥に少しでも人の血が流れているのなら、やってはいけないことだと思わなかっただろうか。
「いや……、まだ、晴弥の仕業と決まったわけじゃない。でも……」
もう宵も近く、暗がりに立ち続けては怪しまれそうで、蘇芳は後ろ髪をひかれつつ部屋に帰った。しかし、夕餉を済ませ、湯で身体を拭いながらも頭は上の空で、夕刻耳にしたことが離れない。
いずれにせよ、このことにあやかしが関わっているのは間違いないと蘇芳は確信していた。かつてそうだったように、今も、それを黙って見過ごすことはできない、と思った。
蘇芳は頼まれていた薬を届けた帰り、町の中通りを歩いていた。この頃は冬の寒さもだいぶ緩み、日の長さが春の足音を感じさせる。
通りの外れで商人とその客らしき女が立ち話をしている。そのそばを通り過ぎようとした時、聞こえてきた言葉が妙に蘇芳の耳にとまった。
「なんてまあ、恐ろしい話だねえ」
「ああ、本当にな。可哀想に、年端も行かない子どもらばかり狙われて、何の因果かねえ……なかなか授からなかった家や遅くにできたところばかりだっていうんだから、ひでえ話だよ。煙みてえに消えちまって、戻ってきたと思ったら、もう……」
話の中身が気になって、さりげなく近くの路地に身を滑り込ませた。帳面を確認しているふうを装って会話の続きを立ち聞きする。
「最初は人攫いの線で見回りを増やしたりしてたらしいんだが、しばらくすると帰ってくる。その上、……」
そこで男が人目を憚るように大袈裟な顔つきで声をひそめるものだから、蘇芳も限界まで身を乗り出して耳をすませる。
「……もう、人と思えない有様だと。目は虚ろ、口もきけねえ、もう生きたまま魂抜かれて人形にされちまったみてえだと。大きな声じゃ言えねえが、呪いの類か、よくないものに取り憑かれたんじゃねえかって話もある。とにかく人の仕業とは思えねえ。次は町一番の大店の一人息子がやられんじゃねえかって、もう祈祷師を呼ぶわ用心棒を立たせるわでそりゃ物々しいことになってるってよ」
「くわばら、くわばら。ほんと勘弁してほしいねえ……ついこの前の物盗りも結局うやむやだもの、あたしも厄祓いにでも行ってこようかね」
蘇芳は耳の後ろがざわりとするような不安を覚えた。
人攫い。煙のように消えて、帰ってきたら魂を抜かれたようになっている。その状態に、蘇芳はあまりに心当たりがあった。
かつて、あやかしたちが人の行き過ぎた行いを止めるために話していた時に、蘇芳が耳にした「魂抜き」という言葉、それを聞いて思い起こされた、幼い頃の大人の脅し文句。今聞いた話は、まさにそれと合致する。
——これは、あやかしの仕業……? でも、話を聞く限りその人たちは自然の均衡に障るような、あやかしが動く理由になることは何もしていそうにない。でも……だとしたら、晴弥が……? そんな、そこまで酷いことをあの人が?
自分の想像に、蘇芳は自分でひどく傷ついていた。
他愛もないとは言わないが、それでも手当たり次第に物を盗るのとは全く話が違う。あやかしに人の常識は通用しないだろうが、もし晴弥に少しでも人の血が流れているのなら、やってはいけないことだと思わなかっただろうか。
「いや……、まだ、晴弥の仕業と決まったわけじゃない。でも……」
もう宵も近く、暗がりに立ち続けては怪しまれそうで、蘇芳は後ろ髪をひかれつつ部屋に帰った。しかし、夕餉を済ませ、湯で身体を拭いながらも頭は上の空で、夕刻耳にしたことが離れない。
いずれにせよ、このことにあやかしが関わっているのは間違いないと蘇芳は確信していた。かつてそうだったように、今も、それを黙って見過ごすことはできない、と思った。
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