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第6章 自我の目覚め

5話 分からない

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 晴弥と話せるまでにどれだけかかるかということもあるけれど、話せたとしてその先どうなるのか、あまりに予測がつかないことが多すぎる。いつまたここへ戻ってこられるのか分からないと、部屋は一度引き払うつもりで全てまとめた。けれど、いざ立ち上がって荷物を背負おうとした時、急に、町の人たちの顔が、声が、浮かんできてしまった。
「あんたの薬がないと困っちまう」
「いつもありがとうって、お母さんが」
「あんたがいてくれて助かったよ」
 ‪—‬—……。
 中途半端に持ち上げた籠が手から滑り落ち、どさりと鈍い音を立てた。
 何が一番、大切なのか。
 発情に振り回され、暮らしがままならなかった頃とはもう違う。晴弥を追いかけたくて、その過程で気づけたことではあるけれど、薬草を切らさないよう気をつけさえすれば、今のまま町の人たちと暮らしていくことだってできるのだ。自分を必要としてくれて、自分に居場所をくれる人たちと。
 ‪—‬—それで、いいんじゃないのか? 晴弥だって邪魔をするなと言っていた。わざわざ自分から今の暮らしを捨ててまで行くだけのことがどうしてある?
 言葉にしてしまえば、いよいよその通りに思われた。
「でも……」
 本当に、このままにしておいていいのか。
 忘れたくない。でも、どうしてそれほどまでに思うのだろう。
 晴弥から感じた何か、それが引っかかっていて、何気なく見かけた町の親子喧嘩や、物盗りの噂から、何かがわかりそうな気がしていた。でも、それだって単に蘇芳が思い込んでいるだけで、晴弥にとっては全く見当違いのありがた迷惑かもしれない。
 ‪—‬—初めて、肌を重ねた。熱くたぎる心までを裸にされ、何も隠さず、ありのままで向き合って、受け入れてもらえた。それが心地よくて、一緒にいたいと思ったのに拒絶されたから、だから意地になっているだけなんじゃないか?
 よくある話だ。初めてを捧げた男に執着し、不義理を働いた相手を呪い殺すまでになった女の言い伝えを蘇芳も聞いたことがある。それと自分は同じではないのか、とも思ってみる。
 迷っているまま、時間だけが過ぎていく。
 誰かに決めて欲しかった。こうしなさいと、そうすれば間違いないよと、そう言って欲しかった。ミソラなら、蘇芳が求めればそうしてくれただろう。それを自ら捨ててきたのは自分だ。
 その時その時の感情ばかりが先走って、意志の弱さに振り回される。どうして、自分は中途半端なのだろう。晴弥の言葉を否定しきれない自分が、蘇芳は果てしなく嫌だった。
「まあ、もう荷物もまとめてしまったし……一度だけ、行ってみよう。会えると決まったわけじゃないし、それでだめなら、諦めればいい」
 長い逡巡の末、なんとも歯切れの悪い決断だったが、蘇芳は一度おろした荷物をもう一度背負った。迷いが消えたわけではないが、かといって全部を白紙にする勇気もまた蘇芳にはなかった。
 すくみそうになる足を叱りつけながら、なんの保証もない闇の中へと蘇芳は踏み出した。
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