上 下
42 / 74
第5章 夢でも、幻でもない

6話 踏み込めない場所

しおりを挟む
 晴弥の言葉は蘇芳への否定であり、しかしそれだけでない何かを含んでいる気がして、蘇芳は胸をざわつかせた。言葉の向こうに何かがあるのに、それをうまく掴めないもどかしさに、唇を噛み締める。
「そんな、そんなこと、ない……っ」
 晴弥の言葉を受け入れたら、自分によくしてくれた人たちみんなを否定することになってしまう。引っ掛かるものを抱えながらも、その思いが蘇芳の口を開かせた。
「俺が、ちゃんと力を抑えていられた間、よくしてくれた人たちはたくさんいました! ちゃんと頑張れば認めてくれたし、身元も分からない俺でもみんな親切にしてくれました……!」
 そのみんなに恐れられ、拒絶されて、絶望して逃げようとしていたことは棚に上げ、蘇芳は食い下がる。しかし、晴弥は容赦無く畳み掛けた。
「けど、どこかでこうやってボロが出る。お前が自分たちと違うと分かれば連中はお前を化け物と呼んで恐れ、忌み嫌い、排除しようとする。違うか? お前がどれだけ受け入れてもらおうと頑張っても、本当のお前の姿を知ったら手のひらを返す、そんな連中を信じようって?」
 投げつけられる言葉が刃のように蘇芳の心にいくつも切り傷をつける。まだ記憶に新しい、幾つもの人の恐怖に引き攣った顔が、かつての幼い頃の記憶と重なり、蘇芳は押しつぶされそうになって呻いた。
「でも、……そしたら、俺は、どうやって生きていったらいいんですか……こうして生まれたことを呪って、ただ生きていくために生きるって、そんなことできないっ……」
 は、と乾いた笑いに、心がひび割れるような心地がした。それが真実だなんて、信じたくなかった。
「できない、ねえ。まだお前もガキだってことだ。いずれ、分かるだろうよ」
「あなたは! あなたは、どうなんですか。誰とも関わらず、自分の力でたった一人で生きるって、」
 売り言葉に買い言葉で言いかけて、ふと聞きたかったことを一つ、蘇芳は思い出した。
「俺、ミソラさまのところにいた時、あなたがミソラさまと話すのを見たことがあります。あれは確かにあなただったと思う。あなたは、ミソラさまのところで暮らしているのではないんですか?」
 もしそうなら、自分に偉そうに説教できる立場ではないはずだ。「自分の力で生きている」といった晴弥の言葉の意味を、ちゃんと蘇芳は聞きたかった。
 蘇芳の言葉を聞いた晴弥は、形容し難い顔つきをした。軽蔑、嫌悪、諦め、そんな感情が混ざって走り抜けるような、そんな表情だった。
「そんなわけねえだろ。死んでもごめんだわ」
 吐き捨てるように晴弥が言った。
 なぜ、と疑問を投げかけることが躊躇われるような拒絶の響きに、蘇芳は押し黙った。何か踏み込んではいけない場所に触れたことだけは伝わってくる。
 束の間沈黙が流れ、晴弥が頭を振って立ち上がった。
「んなことはどうでもいい。俺は忠告した。もう次は俺が居合わせるとは限らないからな。あとはお前が自分で決めろ。まあ、別にお前がまたドジ踏んで村を追われようが、ミソラに飼い殺されようが俺には関係ない。俺の邪魔さえしなきゃどうとでも生きろ」
 大股で立ち去ろうとする背中に、どうしても聞かなければいけない気がして、蘇芳はあらぬところに走る痛みを堪えながらよろよろと立ち上がり、声を張り上げる。
「でも! 俺はあなたを人の住む町中で見たことがある。俺が初めて力を暴走させた時も、みんなが逃げ出す中、ただ一人あなたは俺を見ていた。あれはあなただった。そうですよね? あなたも人の住む世界から離れられなくて、だからああして、度々現れているんじゃないんですか……!?」
 蘇芳の言葉に、晴弥は何も答えなかった。それ以上何も声をかけることはできず、蘇芳は大きな背中が夕闇に消えて行くのを、胸を掻きむしられるような心地でただ黙って見送った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】番解消された傷物Ωの愛し方【完結】

海林檎
BL
 強姦により無理やりうなじを噛まれ番にされたにもかかわらず勝手に解消されたΩは地獄の苦しみを一生味わうようになる。  誰かと番になる事はできず、フェロモンを出す事も叶わず、発情期も一人で過ごさなければならない。  唯一、番になれるのは運命の番となるαのみだが、見つけられる確率なんてゼロに近い。  それでもその夢物語を信じる者は多いだろう。 そうでなければ 「死んだ方がマシだ····」  そんな事を考えながら歩いていたら突然ある男に話しかけられ···· 「これを運命って思ってもいいんじゃない?」 そんな都合のいい事があっていいのだろうかと、少年は男の言葉を素直に受け入れられないでいた。 ※すみません長さ的に短編ではなく中編です

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

諦めようとした話。

みつば
BL
もう限界だった。僕がどうしても君に与えられない幸せに目を背けているのは。 どうか幸せになって 溺愛攻め(微執着)×ネガティブ受け(めんどくさい)

愛欲の炎に抱かれて

藤波蕚
BL
ベータの夫と政略結婚したオメガの理人。しかし夫には昔からの恋人が居て、ほとんど家に帰って来ない。 とある日、夫や理人の父の経営する会社の業界のパーティーに、パートナーとして参加する。そこで出会ったのは、ハーフリムの眼鏡をかけた怜悧な背の高い青年だった ▽追記 2023/09/15 感想にてご指摘頂いたので、登場人物の名前にふりがなをふりました

僕を愛して

冰彗
BL
 一児の母親として、オメガとして小説家を生業に暮らしている五月七日心広。我が子である斐都には父親がいない。いわゆるシングルマザーだ。  ある日の折角の休日、生憎の雨に見舞われ住んでいるマンションの下の階にある共有コインランドリーに行くと三日月悠音というアルファの青年に突然「お願いです、僕と番になって下さい」と言われる。しかしアルファが苦手な心広は「無理です」と即答してしまう。 その後も何度か悠音と会う機会があったがその度に「番になりましょう」「番になって下さい」と言ってきた。

運命の息吹

梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。 美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。 兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。 ルシアの運命のアルファとは……。 西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。

処理中です...