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第5章 夢でも、幻でもない
6話 踏み込めない場所
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晴弥の言葉は蘇芳への否定であり、しかしそれだけでない何かを含んでいる気がして、蘇芳は胸をざわつかせた。言葉の向こうに何かがあるのに、それをうまく掴めないもどかしさに、唇を噛み締める。
「そんな、そんなこと、ない……っ」
晴弥の言葉を受け入れたら、自分によくしてくれた人たちみんなを否定することになってしまう。引っ掛かるものを抱えながらも、その思いが蘇芳の口を開かせた。
「俺が、ちゃんと力を抑えていられた間、よくしてくれた人たちはたくさんいました! ちゃんと頑張れば認めてくれたし、身元も分からない俺でもみんな親切にしてくれました……!」
そのみんなに恐れられ、拒絶されて、絶望して逃げようとしていたことは棚に上げ、蘇芳は食い下がる。しかし、晴弥は容赦無く畳み掛けた。
「けど、どこかでこうやってボロが出る。お前が自分たちと違うと分かれば連中はお前を化け物と呼んで恐れ、忌み嫌い、排除しようとする。違うか? お前がどれだけ受け入れてもらおうと頑張っても、本当のお前の姿を知ったら手のひらを返す、そんな連中を信じようって?」
投げつけられる言葉が刃のように蘇芳の心にいくつも切り傷をつける。まだ記憶に新しい、幾つもの人の恐怖に引き攣った顔が、かつての幼い頃の記憶と重なり、蘇芳は押しつぶされそうになって呻いた。
「でも、……そしたら、俺は、どうやって生きていったらいいんですか……こうして生まれたことを呪って、ただ生きていくために生きるって、そんなことできないっ……」
は、と乾いた笑いに、心がひび割れるような心地がした。それが真実だなんて、信じたくなかった。
「できない、ねえ。まだお前もガキだってことだ。いずれ、分かるだろうよ」
「あなたは! あなたは、どうなんですか。誰とも関わらず、自分の力でたった一人で生きるって、」
売り言葉に買い言葉で言いかけて、ふと聞きたかったことを一つ、蘇芳は思い出した。
「俺、ミソラさまのところにいた時、あなたがミソラさまと話すのを見たことがあります。あれは確かにあなただったと思う。あなたは、ミソラさまのところで暮らしているのではないんですか?」
もしそうなら、自分に偉そうに説教できる立場ではないはずだ。「自分の力で生きている」といった晴弥の言葉の意味を、ちゃんと蘇芳は聞きたかった。
蘇芳の言葉を聞いた晴弥は、形容し難い顔つきをした。軽蔑、嫌悪、諦め、そんな感情が混ざって走り抜けるような、そんな表情だった。
「そんなわけねえだろ。死んでもごめんだわ」
吐き捨てるように晴弥が言った。
なぜ、と疑問を投げかけることが躊躇われるような拒絶の響きに、蘇芳は押し黙った。何か踏み込んではいけない場所に触れたことだけは伝わってくる。
束の間沈黙が流れ、晴弥が頭を振って立ち上がった。
「んなことはどうでもいい。俺は忠告した。もう次は俺が居合わせるとは限らないからな。あとはお前が自分で決めろ。まあ、別にお前がまたドジ踏んで村を追われようが、ミソラに飼い殺されようが俺には関係ない。俺の邪魔さえしなきゃどうとでも生きろ」
大股で立ち去ろうとする背中に、どうしても聞かなければいけない気がして、蘇芳はあらぬところに走る痛みを堪えながらよろよろと立ち上がり、声を張り上げる。
「でも! 俺はあなたを人の住む町中で見たことがある。俺が初めて力を暴走させた時も、みんなが逃げ出す中、ただ一人あなたは俺を見ていた。あれはあなただった。そうですよね? あなたも人の住む世界から離れられなくて、だからああして、度々現れているんじゃないんですか……!?」
蘇芳の言葉に、晴弥は何も答えなかった。それ以上何も声をかけることはできず、蘇芳は大きな背中が夕闇に消えて行くのを、胸を掻きむしられるような心地でただ黙って見送った。
「そんな、そんなこと、ない……っ」
晴弥の言葉を受け入れたら、自分によくしてくれた人たちみんなを否定することになってしまう。引っ掛かるものを抱えながらも、その思いが蘇芳の口を開かせた。
「俺が、ちゃんと力を抑えていられた間、よくしてくれた人たちはたくさんいました! ちゃんと頑張れば認めてくれたし、身元も分からない俺でもみんな親切にしてくれました……!」
そのみんなに恐れられ、拒絶されて、絶望して逃げようとしていたことは棚に上げ、蘇芳は食い下がる。しかし、晴弥は容赦無く畳み掛けた。
「けど、どこかでこうやってボロが出る。お前が自分たちと違うと分かれば連中はお前を化け物と呼んで恐れ、忌み嫌い、排除しようとする。違うか? お前がどれだけ受け入れてもらおうと頑張っても、本当のお前の姿を知ったら手のひらを返す、そんな連中を信じようって?」
投げつけられる言葉が刃のように蘇芳の心にいくつも切り傷をつける。まだ記憶に新しい、幾つもの人の恐怖に引き攣った顔が、かつての幼い頃の記憶と重なり、蘇芳は押しつぶされそうになって呻いた。
「でも、……そしたら、俺は、どうやって生きていったらいいんですか……こうして生まれたことを呪って、ただ生きていくために生きるって、そんなことできないっ……」
は、と乾いた笑いに、心がひび割れるような心地がした。それが真実だなんて、信じたくなかった。
「できない、ねえ。まだお前もガキだってことだ。いずれ、分かるだろうよ」
「あなたは! あなたは、どうなんですか。誰とも関わらず、自分の力でたった一人で生きるって、」
売り言葉に買い言葉で言いかけて、ふと聞きたかったことを一つ、蘇芳は思い出した。
「俺、ミソラさまのところにいた時、あなたがミソラさまと話すのを見たことがあります。あれは確かにあなただったと思う。あなたは、ミソラさまのところで暮らしているのではないんですか?」
もしそうなら、自分に偉そうに説教できる立場ではないはずだ。「自分の力で生きている」といった晴弥の言葉の意味を、ちゃんと蘇芳は聞きたかった。
蘇芳の言葉を聞いた晴弥は、形容し難い顔つきをした。軽蔑、嫌悪、諦め、そんな感情が混ざって走り抜けるような、そんな表情だった。
「そんなわけねえだろ。死んでもごめんだわ」
吐き捨てるように晴弥が言った。
なぜ、と疑問を投げかけることが躊躇われるような拒絶の響きに、蘇芳は押し黙った。何か踏み込んではいけない場所に触れたことだけは伝わってくる。
束の間沈黙が流れ、晴弥が頭を振って立ち上がった。
「んなことはどうでもいい。俺は忠告した。もう次は俺が居合わせるとは限らないからな。あとはお前が自分で決めろ。まあ、別にお前がまたドジ踏んで村を追われようが、ミソラに飼い殺されようが俺には関係ない。俺の邪魔さえしなきゃどうとでも生きろ」
大股で立ち去ろうとする背中に、どうしても聞かなければいけない気がして、蘇芳はあらぬところに走る痛みを堪えながらよろよろと立ち上がり、声を張り上げる。
「でも! 俺はあなたを人の住む町中で見たことがある。俺が初めて力を暴走させた時も、みんなが逃げ出す中、ただ一人あなたは俺を見ていた。あれはあなただった。そうですよね? あなたも人の住む世界から離れられなくて、だからああして、度々現れているんじゃないんですか……!?」
蘇芳の言葉に、晴弥は何も答えなかった。それ以上何も声をかけることはできず、蘇芳は大きな背中が夕闇に消えて行くのを、胸を掻きむしられるような心地でただ黙って見送った。
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