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第5章 夢でも、幻でもない
1話 目が覚めて
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目が覚めた時に知らない天井が目に入るのも、これで何度目になるだろう。
夢現で、汗で張り付いた前髪をそっと除けられる感触に、蘇芳はゆっくりとまぶたを持ち上げた。
何度か瞬きをし、やがて視界が焦点を結ぶ。
一拍ののち、記憶が一気に蘇り、血が逆流するような衝撃に蘇芳は勢いよく身を起こそうとした。
「うっ……」
力が入らず、身体のあちこちが痛くて、蘇芳は呻き声を上げる。
「目、覚めたか」
すぐ背後から低い声がした。蘇芳は勢いよく振り返ろうとして再び呻く。
「……」
軋む身体を騙し騙しなんとか振り返ると、そこには金眼をきまり悪そうに彷徨わせている男が壁に持たれて座っていた。
「飲めそうなら飲め。水だ」
短く言って、あやかしが椀を差し出してくる。素直に受け取り口をつけると、清涼な湧き水が身体に染み渡るようだ。飲んでから、喉がからからだったことに気づいた。
けほ、とむせながら、最後の一滴まで流し込む。椀を置いて、ようやく上体を起こした。
ぎしぎしと音がしそうに、身体のあちこちが悲鳴をあげている。あらぬ場所の鈍い痛みに、蘇芳はじわじわと現実を噛み締めた。深く息を吸い込むと、ここに来た時より幾分弱まってはいるが、あの清々しく甘い匂いに、ふわりと脳が蕩ける心地がする。
黙ったまま、蘇芳は匂いの出所をちらりと盗み見た。
黒々とした短い髪、意志の強そうな眉、その下の金眼は今は逸らされているが、その眼がどんなふうに自分を射抜くか、蘇芳はもう、よく知っている。
——夢でも、幻でもなかった……俺は、このあやかし、に。
かああ、と顔が熱くなる。
途切れ途切れにしか思い出せないけれど、蘇芳は確かに覚えていた。汗に濡れた熱い肌の感触を、腰が溶け落ちそうになるほどの甘く激しい愉悦を、そのたくましい腕に抱き込まれるたびに覚えた、背の震えるような歓喜を。
——なんか、俺、すごくはしたないことを……
崩れかけた祠の入り口から覗く外は、夕陽に照らされた木々が長い影を地面に落としている。
あれから幾日たっているのか正確にはわからない。途中で夜になり、また日が登り、もうどのくらいそうしているのかわからないほどぐちゃぐちゃになりながら、何度もねだったような記憶がある。自分の身体で確かに快楽を得ているとわかる、何かを堪えるようなあやかしの表情にも陶然とした満足感を覚えていた。
どろどろだったはずの身体はすっかり清められ、衣服もややくたびれてはいるけれどちゃんと着せられている。発情の兆候も綺麗になくなっていて、身体の痛みさえなければ全て夢だったかのようだ。
——でも、確かに、ここに。
これが、そうかと、頭でなく心ですとんと分かった。ここに欲しい、という感覚。まるで溝をつけた木がかちりとはまるように、自分の求めるものを理解していた。
抜かないで、と強請った自分の声を、また、注がれたものの熱さを思い出して、居た堪れなくなった蘇芳は思わず臍の下をさすった。
「あ……」
その瞬間、唐突にあることに思い当たり蘇芳はざっと血の気が引く思いになる。自分の痴態など吹き飛ぶほどの、重たい事実。
——中、に。精を受けた。これって、俺は……
「大丈夫だ」
不意に声がして、蘇芳はハッと顔を上げた。苦い顔のあやかしと視線がぶつかる。
「孕みはしねえよ」
「え……」
直接的な物言いに耳まで熱くなるが、なぜ、という疑問が上回る。
「多分な。お前と俺とじゃ、まず無理だ」
だから、安心しろ。そう言われたのに、あやかしの表情はずっと苦々しそうで、その投げやりな言い方が妙に引っかかった。
夢現で、汗で張り付いた前髪をそっと除けられる感触に、蘇芳はゆっくりとまぶたを持ち上げた。
何度か瞬きをし、やがて視界が焦点を結ぶ。
一拍ののち、記憶が一気に蘇り、血が逆流するような衝撃に蘇芳は勢いよく身を起こそうとした。
「うっ……」
力が入らず、身体のあちこちが痛くて、蘇芳は呻き声を上げる。
「目、覚めたか」
すぐ背後から低い声がした。蘇芳は勢いよく振り返ろうとして再び呻く。
「……」
軋む身体を騙し騙しなんとか振り返ると、そこには金眼をきまり悪そうに彷徨わせている男が壁に持たれて座っていた。
「飲めそうなら飲め。水だ」
短く言って、あやかしが椀を差し出してくる。素直に受け取り口をつけると、清涼な湧き水が身体に染み渡るようだ。飲んでから、喉がからからだったことに気づいた。
けほ、とむせながら、最後の一滴まで流し込む。椀を置いて、ようやく上体を起こした。
ぎしぎしと音がしそうに、身体のあちこちが悲鳴をあげている。あらぬ場所の鈍い痛みに、蘇芳はじわじわと現実を噛み締めた。深く息を吸い込むと、ここに来た時より幾分弱まってはいるが、あの清々しく甘い匂いに、ふわりと脳が蕩ける心地がする。
黙ったまま、蘇芳は匂いの出所をちらりと盗み見た。
黒々とした短い髪、意志の強そうな眉、その下の金眼は今は逸らされているが、その眼がどんなふうに自分を射抜くか、蘇芳はもう、よく知っている。
——夢でも、幻でもなかった……俺は、このあやかし、に。
かああ、と顔が熱くなる。
途切れ途切れにしか思い出せないけれど、蘇芳は確かに覚えていた。汗に濡れた熱い肌の感触を、腰が溶け落ちそうになるほどの甘く激しい愉悦を、そのたくましい腕に抱き込まれるたびに覚えた、背の震えるような歓喜を。
——なんか、俺、すごくはしたないことを……
崩れかけた祠の入り口から覗く外は、夕陽に照らされた木々が長い影を地面に落としている。
あれから幾日たっているのか正確にはわからない。途中で夜になり、また日が登り、もうどのくらいそうしているのかわからないほどぐちゃぐちゃになりながら、何度もねだったような記憶がある。自分の身体で確かに快楽を得ているとわかる、何かを堪えるようなあやかしの表情にも陶然とした満足感を覚えていた。
どろどろだったはずの身体はすっかり清められ、衣服もややくたびれてはいるけれどちゃんと着せられている。発情の兆候も綺麗になくなっていて、身体の痛みさえなければ全て夢だったかのようだ。
——でも、確かに、ここに。
これが、そうかと、頭でなく心ですとんと分かった。ここに欲しい、という感覚。まるで溝をつけた木がかちりとはまるように、自分の求めるものを理解していた。
抜かないで、と強請った自分の声を、また、注がれたものの熱さを思い出して、居た堪れなくなった蘇芳は思わず臍の下をさすった。
「あ……」
その瞬間、唐突にあることに思い当たり蘇芳はざっと血の気が引く思いになる。自分の痴態など吹き飛ぶほどの、重たい事実。
——中、に。精を受けた。これって、俺は……
「大丈夫だ」
不意に声がして、蘇芳はハッと顔を上げた。苦い顔のあやかしと視線がぶつかる。
「孕みはしねえよ」
「え……」
直接的な物言いに耳まで熱くなるが、なぜ、という疑問が上回る。
「多分な。お前と俺とじゃ、まず無理だ」
だから、安心しろ。そう言われたのに、あやかしの表情はずっと苦々しそうで、その投げやりな言い方が妙に引っかかった。
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