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第4章 第二性
1話 無情な現実
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「だい、にせい……?」
初めて聞く言葉だった。考えようとしても頭が熱に浮かされたようになってしまっていて、うまく飲み込めない。
蘇芳の問いかけに一つ頷いたミソラに聞かされた内容を、蘇芳はにわかには理解できなかった。
人間にはなく、あやかしにのみ存在する、〝第二性〟。
人間にもある男、女、という性に加えて、甲(きのえ)、乙(きのと)、癸(みずのと)という性がある、とミソラは説明した。
甲は他のものを従える資質に富み、あやかしとしての力も、身体能力も高い。長命なあやかしの中でもとりわけ長く生きる傾向にあり、ミソラは当然甲だ。
続いて乙、これは数としては最も多く、力も肉体も平均的である。乙は乙どうしで〝つがう〟ことが多く、生まれてくる子も乙であることが多い。
そして最後が、男女の性に関係なく子をなすことができる、癸。他の性より遥かに強烈な発情期があり、その時期だけ体から発せられる特有の匂いは〝つがい〟となる甲を強く惹きつける。
蘇芳の第二性は癸だろう、とミソラは告げた。ミソラの目は静かだったが、見つめられていると体の芯をあぶられるような熱がこもっていて、蘇芳は脳が溶け出しそうな高揚感と同時にジリジリとした恐怖をいっぺんに感じた。
同時に、先ほどから微かに香っている花のように華やかな芳香が、ぐっと強くなった気がする。その香りの出どころが気になった蘇芳はあたりを見回すが、それらしき植物や生き物は見当たらない。
その香りを嗅ぐと、頭は霞んで体が熱くなって、ミソラの言葉に集中できなくなりそうで、蘇芳は必死に意識を繋ぎ止めた。
「俺が……癸……」
あやかしと人の間に生まれたものは、その血の濃さでどちらの質が強く出るかが決まるのだ、とミソラは話してくれた。
「今のお前の姿は我々の同胞そのもの。私の元にいた頃よりもさらに、美しくなった……」
うっとりと告げるミソラの目は、笑みの形にたわんでいるものの、ギラギラと燃えるような光をたたえている。
よく知っているはずの顔が知らないもののように見えて、なのに頭の中にはこの目に支配されたいと望む声が響いていて、一瞬でも気を抜いたらめちゃくちゃになってしまいそうだ。
しかし、つきつけられた事実はあまりに酷かった。自分にあやかしとしての力はほとんどないはずなのに、こんなところでだけあやかしの性質が濃く出るだなんて。
人と一緒に生きていける、と思ったのは束の間の幻想だったのだと、無情な現実に隠されていた牙を剥かれたような心地になる。
いつこんな状態になるのかもわからなくて、姿もあやかしそのものに戻ってしまうなら、人と暮らしていて隠し通すなんて不可能だった。
圧倒的なまでの絶望に、打ちのめされる。これ以上、どうやって、生きていけばいいというのか、もう分からなかった。
目に涙をいっぱいに溜めて呆然とする蘇芳に、ゆったりと、しかし隠しきれない熱を潜ませて、ミソラが甘く囁いた。
「帰っておいで」
思いもかけない言葉に、蘇芳はミソラを見上げる。目が合った瞬間、立ち込めていた香りがぶわりと濃くなって、頭がぐらぐらした。
何も考えたくない。その言葉に頷いてしまいたい。
けれどぎりぎりのところで、蘇芳は必死に思考を手放すまいと抵抗した。そうしなければいけない気がした。
ミソラの言葉は、そうでなくても蘇芳を揺さぶるものだった。
あやかしの性質が隠せない以上、前のようにミソラに庇護されて暮らすのがもっとも理にかなっている。自分の元から逃げ出したことを咎められるでもなく、帰ってこいと、前と同じように迎え入れてくれるというのなら、それ以上ない選択のように思えた。
初めて聞く言葉だった。考えようとしても頭が熱に浮かされたようになってしまっていて、うまく飲み込めない。
蘇芳の問いかけに一つ頷いたミソラに聞かされた内容を、蘇芳はにわかには理解できなかった。
人間にはなく、あやかしにのみ存在する、〝第二性〟。
人間にもある男、女、という性に加えて、甲(きのえ)、乙(きのと)、癸(みずのと)という性がある、とミソラは説明した。
甲は他のものを従える資質に富み、あやかしとしての力も、身体能力も高い。長命なあやかしの中でもとりわけ長く生きる傾向にあり、ミソラは当然甲だ。
続いて乙、これは数としては最も多く、力も肉体も平均的である。乙は乙どうしで〝つがう〟ことが多く、生まれてくる子も乙であることが多い。
そして最後が、男女の性に関係なく子をなすことができる、癸。他の性より遥かに強烈な発情期があり、その時期だけ体から発せられる特有の匂いは〝つがい〟となる甲を強く惹きつける。
蘇芳の第二性は癸だろう、とミソラは告げた。ミソラの目は静かだったが、見つめられていると体の芯をあぶられるような熱がこもっていて、蘇芳は脳が溶け出しそうな高揚感と同時にジリジリとした恐怖をいっぺんに感じた。
同時に、先ほどから微かに香っている花のように華やかな芳香が、ぐっと強くなった気がする。その香りの出どころが気になった蘇芳はあたりを見回すが、それらしき植物や生き物は見当たらない。
その香りを嗅ぐと、頭は霞んで体が熱くなって、ミソラの言葉に集中できなくなりそうで、蘇芳は必死に意識を繋ぎ止めた。
「俺が……癸……」
あやかしと人の間に生まれたものは、その血の濃さでどちらの質が強く出るかが決まるのだ、とミソラは話してくれた。
「今のお前の姿は我々の同胞そのもの。私の元にいた頃よりもさらに、美しくなった……」
うっとりと告げるミソラの目は、笑みの形にたわんでいるものの、ギラギラと燃えるような光をたたえている。
よく知っているはずの顔が知らないもののように見えて、なのに頭の中にはこの目に支配されたいと望む声が響いていて、一瞬でも気を抜いたらめちゃくちゃになってしまいそうだ。
しかし、つきつけられた事実はあまりに酷かった。自分にあやかしとしての力はほとんどないはずなのに、こんなところでだけあやかしの性質が濃く出るだなんて。
人と一緒に生きていける、と思ったのは束の間の幻想だったのだと、無情な現実に隠されていた牙を剥かれたような心地になる。
いつこんな状態になるのかもわからなくて、姿もあやかしそのものに戻ってしまうなら、人と暮らしていて隠し通すなんて不可能だった。
圧倒的なまでの絶望に、打ちのめされる。これ以上、どうやって、生きていけばいいというのか、もう分からなかった。
目に涙をいっぱいに溜めて呆然とする蘇芳に、ゆったりと、しかし隠しきれない熱を潜ませて、ミソラが甘く囁いた。
「帰っておいで」
思いもかけない言葉に、蘇芳はミソラを見上げる。目が合った瞬間、立ち込めていた香りがぶわりと濃くなって、頭がぐらぐらした。
何も考えたくない。その言葉に頷いてしまいたい。
けれどぎりぎりのところで、蘇芳は必死に思考を手放すまいと抵抗した。そうしなければいけない気がした。
ミソラの言葉は、そうでなくても蘇芳を揺さぶるものだった。
あやかしの性質が隠せない以上、前のようにミソラに庇護されて暮らすのがもっとも理にかなっている。自分の元から逃げ出したことを咎められるでもなく、帰ってこいと、前と同じように迎え入れてくれるというのなら、それ以上ない選択のように思えた。
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