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第3章 邂逅
2話 後ろめたい喜び
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目を上げると、そこには鉄郎が心配そうな顔で蘇芳を見下ろしていて、背中には温かな手を感じる。
心臓がドキドキして、頭が混乱した。今さっき見たものについて考えたいのに、目の前の鉄郎に、その手の感触に、頭がいっぱいになる。
思考があっちこっちへ横跳びを繰り返しているようで、ついていけない。
早鐘を打つ心臓を持て余して、鉄郎の顔をじっと見つめる格好になってしまった蘇芳に、何を思ったか鉄郎はしゃがみ込むと「よっ」という掛け声と共にひょいと抱え上げた。
「ひゃ……っ⁉︎」
予想もしなかった展開に、驚いた蘇芳は思わず小さく叫んで、鉄郎にしがみつく。
日に焼けた肌の温度、それに埃と金物と少し汗の混ざった鉄郎の匂いを間近に感じて、蘇芳は心臓が喉から出てくるのではないかと思った。
それに構わず、鉄郎は店内をずんずん奥へ進み、蘇芳を下ろすと文吉に向かって声をかける。
「文さん、ちょっと蘇芳が具合悪そうだから、ここで休ませて構いませんか」
鉄郎に声をかけられて初めて状況に気づいたらしい文吉が、それでも手にした薬草を離そうともせず首だけこちらを向いて返事をした。
「あ? なんだ蘇芳、具合悪いなら早く言え。熱か? 腹痛か?」
薬屋らしく、すぐに対処しようとしてくるところが文吉の気質をよく表していて、蘇芳は思わず小さく笑ってしまった。
「あ……文吉さん、鉄郎も、あの、俺は大丈夫、だから……その、ちょっと疲れているだけかもしれないし」
話が大きくなりそうになって、蘇芳は慌てて二人に心配いらないと説明する。
文吉は蘇芳の顔色を確かめ、その言葉に嘘はなさそうだと思ったのか興味をなくしたようにまた手元の薬草に視線を戻した。
その様子に、鉄郎は蘇芳の頭を撫でて苦笑いを浮かべる。
「もう、文さんはいっつもああなんだから……。蘇芳はもう少しここで休むといい。俺もここにいて、客が来たら文さんに取り次ぐから」
そこまで大袈裟にされるのは恥ずかしいのに、それでも鉄郎の申し出は蘇芳の胸の柔らかいところをくすぐるような心地がする。
よく分からない気持ちが込み上げるようで、蘇芳は我慢ができず鉄郎の方を向いてそっと言った。
「でも鉄郎、今仕事抜け出してきてるんだろ? 親方に怒られない?」
何を期待しているのか自分でも分からない。なのに、鉄郎にそう聞かずにはいられなかった。
鉄郎は蘇芳の言葉に少しいたずらっぽく笑って、蘇芳はその顔にまた心臓が跳ねる。
「ちょっとくらいなら大丈夫さ。俺には親方に怒られることより、蘇芳の具合の方が心配だ」
まっすぐな言葉に、顔に血が集まるのが分かって、蘇芳は思わず下を向いた。
気にかけてもらえることが、仕事や他の人より自分を優先してくれることが嬉しい。
その思いはあまり褒められたものではないと思うけれど、後ろめたい喜びはどうしようもなく湧いてくる。
さっきまで心を占めていた妙な違和感は、一旦は忘れ去られた。
心臓がドキドキして、頭が混乱した。今さっき見たものについて考えたいのに、目の前の鉄郎に、その手の感触に、頭がいっぱいになる。
思考があっちこっちへ横跳びを繰り返しているようで、ついていけない。
早鐘を打つ心臓を持て余して、鉄郎の顔をじっと見つめる格好になってしまった蘇芳に、何を思ったか鉄郎はしゃがみ込むと「よっ」という掛け声と共にひょいと抱え上げた。
「ひゃ……っ⁉︎」
予想もしなかった展開に、驚いた蘇芳は思わず小さく叫んで、鉄郎にしがみつく。
日に焼けた肌の温度、それに埃と金物と少し汗の混ざった鉄郎の匂いを間近に感じて、蘇芳は心臓が喉から出てくるのではないかと思った。
それに構わず、鉄郎は店内をずんずん奥へ進み、蘇芳を下ろすと文吉に向かって声をかける。
「文さん、ちょっと蘇芳が具合悪そうだから、ここで休ませて構いませんか」
鉄郎に声をかけられて初めて状況に気づいたらしい文吉が、それでも手にした薬草を離そうともせず首だけこちらを向いて返事をした。
「あ? なんだ蘇芳、具合悪いなら早く言え。熱か? 腹痛か?」
薬屋らしく、すぐに対処しようとしてくるところが文吉の気質をよく表していて、蘇芳は思わず小さく笑ってしまった。
「あ……文吉さん、鉄郎も、あの、俺は大丈夫、だから……その、ちょっと疲れているだけかもしれないし」
話が大きくなりそうになって、蘇芳は慌てて二人に心配いらないと説明する。
文吉は蘇芳の顔色を確かめ、その言葉に嘘はなさそうだと思ったのか興味をなくしたようにまた手元の薬草に視線を戻した。
その様子に、鉄郎は蘇芳の頭を撫でて苦笑いを浮かべる。
「もう、文さんはいっつもああなんだから……。蘇芳はもう少しここで休むといい。俺もここにいて、客が来たら文さんに取り次ぐから」
そこまで大袈裟にされるのは恥ずかしいのに、それでも鉄郎の申し出は蘇芳の胸の柔らかいところをくすぐるような心地がする。
よく分からない気持ちが込み上げるようで、蘇芳は我慢ができず鉄郎の方を向いてそっと言った。
「でも鉄郎、今仕事抜け出してきてるんだろ? 親方に怒られない?」
何を期待しているのか自分でも分からない。なのに、鉄郎にそう聞かずにはいられなかった。
鉄郎は蘇芳の言葉に少しいたずらっぽく笑って、蘇芳はその顔にまた心臓が跳ねる。
「ちょっとくらいなら大丈夫さ。俺には親方に怒られることより、蘇芳の具合の方が心配だ」
まっすぐな言葉に、顔に血が集まるのが分かって、蘇芳は思わず下を向いた。
気にかけてもらえることが、仕事や他の人より自分を優先してくれることが嬉しい。
その思いはあまり褒められたものではないと思うけれど、後ろめたい喜びはどうしようもなく湧いてくる。
さっきまで心を占めていた妙な違和感は、一旦は忘れ去られた。
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