上 下
16 / 74
第2章 淡い芽吹き

5話 町での暮らし

しおりを挟む
 もう十五にもなっていれば、村ならば何かしらの仕事をするのが当然となる。まして身寄りのない蘇芳だ。人の里に出たはいいけれど、早いうちに住む場所と働き口を確保しなければならなかった。
 特別薬師になりたいとはっきり思っていたわけではない。ただ、十から十五までをミソラの元で過ごした蘇芳には、読み書きやそろばんはあまり得意とは言えず、人より優れていそうなものといえば両親に褒められた嗅覚くらいのものだった。懐かしい匂いに惹かれて足がふらりと引き寄せられた、それがたまたま薬屋だったのだ。
 薬屋の主人である文吉ぶんきちは、もう自分がいくつかさえ記憶があやしい、かなりの高齢だった。それでも薬の知識だけはしっかりしていて、簡単な病気ならば医師に頼らず自分で診てしまうし、常連客を何人も抱えている。もう俺の代でこんな店なんぞなくなってもいいんだ、と口では言うが、単に捻くれ者で自分の気に入る若者が見つからないからそう言っているだけだと少しして蘇芳にもわかってきた。
 蘇芳がこの老店主の元で見習いの真似事を始められたのは、単なる文吉の気まぐれか、子宝にも恵まれず連れ合いも早くに亡くしたという文吉が身寄りのない蘇芳に何かを感じたからかは分からない。
 厳しい人だが、冷酷ではない。ミソラに比べれば、文吉の言葉はしばしば誤解しそうになるほど足りないし、蘇芳が不慣れだろうが何だろうが一切の容赦もない。けれど、蘇芳が学びたい、役に立ちたい、一人前になりたいという気持ちを見せれば、それを無碍にすることはしなかった。
 そこに言葉はなくても、伝わってくるものがあった。自分を一人前として扱ってくれること、それが、蘇芳には何より嬉しかった。
 見よう見まねに始まって、蘇芳が文吉の元で働くようになってから、飛ぶように季節が過ぎていった。矢継ぎ早に飛んでくる文吉の指示にも、この頃はだいぶ慣れた動作で応じられるようになってきている。
 文吉の家を間借りさせてもらっての暮らしは、ミソラの屋敷でのそれと比べればだいぶ質素ではあっても、文吉や常連客に頼られ、成長し、認められていく実感があった。この前までできなかったことができる。わからなかったこと、覚えられなかったことを覚え、それが誰かの役に立って、感謝をされる。ミソラの元にいた頃の蘇芳には、想像もできない生活だった。
 そうしてようやく町にも人にも馴染んできた頃、蘇芳にこれまで経験したことのない、一つの出来事が訪れようとしていた。

「こんにちは! 蘇芳、いる?」
「なんじゃ、またお前か。手伝いなら足りとる。邪魔をするなら、親方に言ってつまみ出してもらうぞ」
「そんな、殺生な~!」
 文吉の冷たいあしらいにも全く怯むことなく明るい声で笑う青年。名を鉄郎てつろうと言い、同じ町内で鍛冶屋の見習いをしている。以前、鉄郎の親方が高熱を出した際、往診に蘇芳が付き添ったのがきっかけで顔見知りになった。
 歳の頃も近く、身寄りのない蘇芳を何かと気にかけてくれる鉄郎に、蘇芳も次第に打ち解けていき、近頃は鉄郎に誘われるままに茶屋へ行ったり少し遠出をしたりするようにもなっている。
 蘇芳にとって、友達のようで兄弟のようで、でもそのどれとも違う不思議な感情の呼び起こされる、鉄郎はそんな存在になっていた。
 毎日が目まぐるしく、あっという間に月日が経つ。思ったよりもずっと早く、蘇芳はかつてのあやかしと共にあった暮らしの記憶を、遠い過去に置いてきたように感じ始めていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】番解消された傷物Ωの愛し方【完結】

海林檎
BL
 強姦により無理やりうなじを噛まれ番にされたにもかかわらず勝手に解消されたΩは地獄の苦しみを一生味わうようになる。  誰かと番になる事はできず、フェロモンを出す事も叶わず、発情期も一人で過ごさなければならない。  唯一、番になれるのは運命の番となるαのみだが、見つけられる確率なんてゼロに近い。  それでもその夢物語を信じる者は多いだろう。 そうでなければ 「死んだ方がマシだ····」  そんな事を考えながら歩いていたら突然ある男に話しかけられ···· 「これを運命って思ってもいいんじゃない?」 そんな都合のいい事があっていいのだろうかと、少年は男の言葉を素直に受け入れられないでいた。 ※すみません長さ的に短編ではなく中編です

病み男子

迷空哀路
BL
〈病み男子〉 無気力系主人公『光太郎』と、4つのタイプの病み男子達の日常 病み男子No.1 社会を恨み、自分も恨む。唯一心の支えは主人公だが、簡単に素直にもなれない。誰よりも寂しがり。 病み男子No.2 可愛いものとキラキラしたものしか目に入らない。溺れたら一直線で、死ぬまで溺れ続ける。邪魔するものは許せない。 病み男子No.3 細かい部分まで全て知っていたい。把握することが何よりの幸せ。失敗すると立ち直るまでの時間が長い。周りには気づかれないようにしてきたが、実は不器用な一面もある。 病み男子No.4 神の導きによって主人公へ辿り着いた。神と同等以上の存在である主を世界で一番尊いものとしている。 蔑まれて当然の存在だと自覚しているので、酷い言葉をかけられると安心する。主人公はサディストではないので頭を悩ませることもあるが、そのことには全く気づいていない。

EDEN ―孕ませ―

豆たん
BL
目覚めた所は、地獄(エデン)だった―――。 平凡な大学生だった主人公が、拉致監禁され、不特定多数の男にひたすら孕ませられるお話です。 【ご注意】 ※この物語の世界には、「男子」と呼ばれる妊娠可能な少数の男性が存在しますが、オメガバースのような発情期・フェロモンなどはありません。女性の妊娠・出産とは全く異なるサイクル・仕組みになっており、作者の都合のいいように作られた独自の世界観による、倫理観ゼロのフィクションです。その点ご了承の上お読み下さい。 ※近親・出産シーンあり。女性蔑視のような発言が出る箇所があります。気になる方はお読みにならないことをお勧め致します。 ※前半はほとんどがエロシーンです。

お前らの相手は俺じゃない!

くろさき
BL
 大学2年生の鳳 京谷(おおとり きょうや)は、母・父・妹・自分の4人家族の長男。 しかし…ある日子供を庇ってトラック事故で死んでしまう……  暫くして目が覚めると、どうやら自分は赤ん坊で…妹が愛してやまない乙女ゲーム(🌹永遠の愛をキスで誓う)の世界に転生していた!? ※R18展開は『お前らの相手は俺じゃない!』と言う章からになっております。

最愛の夫に、運命の番が現れた!

竜也りく
BL
物心ついた頃からの大親友、かつ現夫。ただそこに突っ立ってるだけでもサマになるラルフは、もちろん仕事だってバリバリにできる、しかも優しいと三拍子揃った、オレの最愛の旦那様だ。 二人で楽しく行きつけの定食屋で昼食をとった帰り際、突然黙り込んだラルフの視線の先を追って……オレは息を呑んだ。 『運命』だ。 一目でそれと分かった。 オレの最愛の夫に、『運命の番』が現れたんだ。 ★1000字くらいの更新です。 ★他サイトでも掲載しております。

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

【本編完結】偽物の番

あさじなぎ@小説&漫画配信
BL
α×β、オメガバース。 大学に入ったら世界は広がると思っていた。 なのに、友達がアルファとオメガでしかも運命の番であることが分かったことから、俺の生活は一変してしまう。 「お前が身代わりになれよ?」 俺はオメガの身代わりに、病んだアルファの友達に抱かれることになる。 卒業まで限定の、偽物の番として。 ※フジョッシー、ムーンライトにも投稿 イラストはBEEBARさん ※DLsiteがるまにより「偽物の番 上巻・中巻・下巻」配信中 ※フジョッシー小説大賞一次選考通過したよ

生意気オメガは年上アルファに監禁される

神谷レイン
BL
芸能事務所に所属するオメガの彰(あきら)は、一カ月前からアルファの蘇芳(すおう)に監禁されていた。 でも快適な部屋に、発情期の時も蘇芳が相手をしてくれて。 俺ってペットか何かか? と思い始めていた頃、ある事件が起きてしまう! それがきっかけに蘇芳が彰を監禁していた理由が明らかになり、二人は……。 甘々オメガバース。全七話のお話です。 ※少しだけオメガバース独自設定が入っています。

処理中です...