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第1章 血を引くもの
8話 屋敷の外のこと
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「はいはい、わかったから」
「適当なこと言って、お前のわかったが信用できたことが一度でもあったかよ」
蘇芳はミソラに気づかれないよう、表門の後ろの垣根に隠れて会話に耳をそば立てていた。
ミソラの背で会話の相手の様子までは伺えない。立ち聞きなんて褒められたことではないが、何しろ自分とミソラ以外の誰かの気配がするのが初めてのことなのだ。
しかし、この客人はどうも口が悪い。ミソラと気安い間柄なのか、お世辞にも客とは思えない横柄さだ。
声はミソラのものより低く、張りがある。ミソラよりは年齢が若いような気もするが、人より遥かに長命だというあやかしならば、些細な年の差など関係ないのかもしれない。
我慢ができなくなった蘇芳がそろそろと垣根から片目を出しても、硬そうな短い黒髪とミソラよりやや色の濃い肌、がっしりとした肩がちらりと見えるだけで、顔貌まではどうしても見えなかった。だが、その独特の雰囲気にはどこか覚えがある気がして、蘇芳は首をひねる。
思い出したはずの記憶を辿って束の間物思いに耽っているうちに、黒髪の客人が諦めたように肩をすくめて踵を返すのが見え、蘇芳は慌てて庭先に戻った。
「お客さま、だったのですか」
庭掃除を終えた蘇芳が、いつ戻ったのか、いつもの位置に座っているミソラに遠慮がちに声を掛ける。庭にいても声は聞こえていたはずだから、特に伏せておきたい相手ではなかったのだろうと思い、思い切って聞いた。だが、ミソラから返ってきた答えは珍しく、歯切れの悪いものだった。
「ああ、まあ客というほどでもないけれどね。ちょっとした知り合いだ」
砕けた会話から、親しい人であるだろうとは思っていた。確かに家にあげることもせず、立ち話で済ませたあたり、ミソラの言うことは嘘ではないのだろう。
しかし、何かをはぐらかされたような印象があった。含みのある物言いに、それ以上追求してはいけないような気がして、蘇芳は話題を変えることにした。
「この近くに、ミソラさまのような、他のあやかしの……その、方々も、いらっしゃるのですか?」
言ってから、あやかし、というのは村の人たちが勝手に呼んでいるのであって、ミソラの口からは彼らをなんと呼ぶのか聞いていないことに気づいた。
もしかしてとんでもなく無礼なことを言ってしまたかもしれないと、苦し紛れの言い方になった蘇芳に、ミソラが小さく噴き出す。
「ふふ……すまないね、気を悪くしないでおくれ。可愛らしいと思っただけだから。人が我々をそう呼んでいるのは知っている。だが前も話したとおり、我々は自分達を総称する呼び名を持たないし、個体を区別することはするけれど、人が名前に持たせる意味合いとはかなり異なるのだよ。だから、そうしてお前が敬意を払おうと懸命に考えてくれるのが新鮮でね」
ひとしきり可笑しそうにしたあと、ミソラは続ける。
「そうだね……そろそろ、お前もこの屋敷の外を知りたくなる頃だろうとは思っていた。……ついておいで」
そう言うと、ミソラが立ち上がったので、蘇芳も後をついて屋敷を出た。
「適当なこと言って、お前のわかったが信用できたことが一度でもあったかよ」
蘇芳はミソラに気づかれないよう、表門の後ろの垣根に隠れて会話に耳をそば立てていた。
ミソラの背で会話の相手の様子までは伺えない。立ち聞きなんて褒められたことではないが、何しろ自分とミソラ以外の誰かの気配がするのが初めてのことなのだ。
しかし、この客人はどうも口が悪い。ミソラと気安い間柄なのか、お世辞にも客とは思えない横柄さだ。
声はミソラのものより低く、張りがある。ミソラよりは年齢が若いような気もするが、人より遥かに長命だというあやかしならば、些細な年の差など関係ないのかもしれない。
我慢ができなくなった蘇芳がそろそろと垣根から片目を出しても、硬そうな短い黒髪とミソラよりやや色の濃い肌、がっしりとした肩がちらりと見えるだけで、顔貌まではどうしても見えなかった。だが、その独特の雰囲気にはどこか覚えがある気がして、蘇芳は首をひねる。
思い出したはずの記憶を辿って束の間物思いに耽っているうちに、黒髪の客人が諦めたように肩をすくめて踵を返すのが見え、蘇芳は慌てて庭先に戻った。
「お客さま、だったのですか」
庭掃除を終えた蘇芳が、いつ戻ったのか、いつもの位置に座っているミソラに遠慮がちに声を掛ける。庭にいても声は聞こえていたはずだから、特に伏せておきたい相手ではなかったのだろうと思い、思い切って聞いた。だが、ミソラから返ってきた答えは珍しく、歯切れの悪いものだった。
「ああ、まあ客というほどでもないけれどね。ちょっとした知り合いだ」
砕けた会話から、親しい人であるだろうとは思っていた。確かに家にあげることもせず、立ち話で済ませたあたり、ミソラの言うことは嘘ではないのだろう。
しかし、何かをはぐらかされたような印象があった。含みのある物言いに、それ以上追求してはいけないような気がして、蘇芳は話題を変えることにした。
「この近くに、ミソラさまのような、他のあやかしの……その、方々も、いらっしゃるのですか?」
言ってから、あやかし、というのは村の人たちが勝手に呼んでいるのであって、ミソラの口からは彼らをなんと呼ぶのか聞いていないことに気づいた。
もしかしてとんでもなく無礼なことを言ってしまたかもしれないと、苦し紛れの言い方になった蘇芳に、ミソラが小さく噴き出す。
「ふふ……すまないね、気を悪くしないでおくれ。可愛らしいと思っただけだから。人が我々をそう呼んでいるのは知っている。だが前も話したとおり、我々は自分達を総称する呼び名を持たないし、個体を区別することはするけれど、人が名前に持たせる意味合いとはかなり異なるのだよ。だから、そうしてお前が敬意を払おうと懸命に考えてくれるのが新鮮でね」
ひとしきり可笑しそうにしたあと、ミソラは続ける。
「そうだね……そろそろ、お前もこの屋敷の外を知りたくなる頃だろうとは思っていた。……ついておいで」
そう言うと、ミソラが立ち上がったので、蘇芳も後をついて屋敷を出た。
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