上 下
9 / 74
第1章 血を引くもの

8話 屋敷の外のこと

しおりを挟む
「はいはい、わかったから」
「適当なこと言って、お前のわかったが信用できたことが一度でもあったかよ」
 蘇芳はミソラに気づかれないよう、表門の後ろの垣根に隠れて会話に耳をそば立てていた。
 ミソラの背で会話の相手の様子までは伺えない。立ち聞きなんて褒められたことではないが、何しろ自分とミソラ以外の誰かの気配がするのが初めてのことなのだ。
 しかし、この客人はどうも口が悪い。ミソラと気安い間柄なのか、お世辞にも客とは思えない横柄さだ。
 声はミソラのものより低く、張りがある。ミソラよりは年齢が若いような気もするが、人より遥かに長命だというあやかしならば、些細な年の差など関係ないのかもしれない。
 我慢ができなくなった蘇芳がそろそろと垣根から片目を出しても、硬そうな短い黒髪とミソラよりやや色の濃い肌、がっしりとした肩がちらりと見えるだけで、顔貌まではどうしても見えなかった。だが、その独特の雰囲気にはどこか覚えがある気がして、蘇芳は首をひねる。
 思い出したはずの記憶を辿って束の間物思いに耽っているうちに、黒髪の客人が諦めたように肩をすくめて踵を返すのが見え、蘇芳は慌てて庭先に戻った。

「お客さま、だったのですか」
 庭掃除を終えた蘇芳が、いつ戻ったのか、いつもの位置に座っているミソラに遠慮がちに声を掛ける。庭にいても声は聞こえていたはずだから、特に伏せておきたい相手ではなかったのだろうと思い、思い切って聞いた。だが、ミソラから返ってきた答えは珍しく、歯切れの悪いものだった。
「ああ、まあ客というほどでもないけれどね。ちょっとした知り合いだ」
 砕けた会話から、親しい人であるだろうとは思っていた。確かに家にあげることもせず、立ち話で済ませたあたり、ミソラの言うことは嘘ではないのだろう。
 しかし、何かをはぐらかされたような印象があった。含みのある物言いに、それ以上追求してはいけないような気がして、蘇芳は話題を変えることにした。
「この近くに、ミソラさまのような、他のあやかしの……その、方々も、いらっしゃるのですか?」
 言ってから、あやかし、というのは村の人たちが勝手に呼んでいるのであって、ミソラの口からは彼らをなんと呼ぶのか聞いていないことに気づいた。
 もしかしてとんでもなく無礼なことを言ってしまたかもしれないと、苦し紛れの言い方になった蘇芳に、ミソラが小さく噴き出す。
「ふふ……すまないね、気を悪くしないでおくれ。可愛らしいと思っただけだから。人が我々をそう呼んでいるのは知っている。だが前も話したとおり、我々は自分達を総称する呼び名を持たないし、個体を区別することはするけれど、人が名前に持たせる意味合いとはかなり異なるのだよ。だから、そうしてお前が敬意を払おうと懸命に考えてくれるのが新鮮でね」
 ひとしきり可笑しそうにしたあと、ミソラは続ける。
「そうだね……そろそろ、お前もこの屋敷の外を知りたくなる頃だろうとは思っていた。……ついておいで」
 そう言うと、ミソラが立ち上がったので、蘇芳も後をついて屋敷を出た。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

早く惚れてよ、怖がりナツ

ぱんなこった。
BL
幼少期のトラウマのせいで男性が怖くて苦手な男子高校生1年の那月(なつ)16歳。女友達はいるものの、男子と上手く話す事すらできず、ずっと周りに煙たがられていた。 このままではダメだと、高校でこそ克服しようと思いつつも何度も玉砕してしまう。 そしてある日、そんな那月をからかってきた同級生達に襲われそうになった時、偶然3年生の彩世(いろせ)がやってくる。 一見、真面目で大人しそうな彩世は、那月を助けてくれて… 那月は初めて、男子…それも先輩とまともに言葉を交わす。 ツンデレ溺愛先輩×男が怖い年下後輩 《表紙はフリーイラスト@oekakimikasuke様のものをお借りしました》

皇帝陛下の精子検査

雲丹はち
BL
弱冠25歳にして帝国全土の統一を果たした若き皇帝マクシミリアン。 しかし彼は政務に追われ、いまだ妃すら迎えられていなかった。 このままでは世継ぎが産まれるかどうかも分からない。 焦れた官僚たちに迫られ、マクシミリアンは世にも屈辱的な『検査』を受けさせられることに――!?

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...