上 下
16 / 29

16.もう、待たない

しおりを挟む
 ——キョウちゃん、あんたの言う通りだったみてえだ。

 唇が触れ合うをの感じながら、絢也はそんな言葉が頭をよぎった。
 士郎に、キス、されている。

 角度を変えて何度も啄まれる、その感触だけで頭が沸騰しそうなのに、士郎に手を掴まれて、シャツの下、士郎の肌に触れるところまで導かれて、さすがの絢也も抵抗した。

「ちょ、お前、その、本気……?」

 切なげな顔をした士郎が絢也を見てため息をつく。

「あったりまえじゃん。……これでも、まだノンケだからお前には分からないって言う? まだ怖い? あと、お前が怖いもの、なにがあんの?」

 ——怖がってた、のか、俺は。

 それさえ見透かしていた士郎が、少し恐ろしい。

「……お前が、一番怖いわ……」
「なんだそれ」

 笑いを含んだ声音で、士郎が言う。

「てか、絢也が突っ込む方でいいんだよね? あ、もしかして逆だった?」

 あっけらかんとしてとんでもないことを言い放つ士郎に、絢也は毒気を抜かれた。
 これでこそ、いつもの士郎だ。

「お前、だから色気ねえって言われんだよ」
「あ、ひでえ。この人今ヒドいこと言った!」

 このやりとりで少し肩の力が抜けた絢也は、改めて士郎の頬を指でなぞる。
 くすぐったそうに目を細める士郎の表情だけで、とろりと空気が濃くなる。
 絢也は、身体の芯に火が灯るのを感じた。

 ——色気、ないわけねえだろ……こんなに、クラクラするのに。

「シャワー、浴びるか」

 熱で掠れた声が、少し恥ずかしい。


「っん、……」

 あらぬ場所に絢也の指を受け入れ、士郎が声を漏らす。

「洗ってやる」と宣言した絢也に、士郎は文字通り体の隅々まで洗われていた。
 絢也にとって、初めての相手で、かつ、一番大切な存在なのだ。
 宝物を扱うように、丁寧に、慎重に、絢也は士郎に触れた。

「は、ァ……っ、も、いいだろ……」
「……そうだな」

 少し、夢中になりすぎた。まだ、洗う段階だ。
 綺麗になれば、それでいい。
 シャワーの湯で士郎の身体の泡を落としてゆく。
 肌を滑り落ちる水滴にさえ嫉妬しそうなほど、士郎は美しかった。

「……ふ、ん……」

 チュ、クチュ、と濡れた音が寝室に響く。
 部屋中に士郎の匂いが濃くて、絢也はいやでも興奮していた。
 お互い一糸まとわぬ姿でベッドに座り、絢也は士郎を抱えるようにして膝の上に跨らせ、まるで吸い寄せられるように、唇を合わせた。

 緊張していないと言えば嘘になる。
 でも、それよりも、自分の行動に、士郎が応えてくれる、士郎も自分を欲しがってくれていると感じられることが嬉しくて、絢也は夢中になって士郎の唇を貪った。
 角度を変え、そっと舌で士郎の唇を舐めると、士郎もそれに応えるように舌を絡めてくる。
 士郎は、こんなキスを何度も、他の誰かとしたことがあるのだろう。
 そう思うと、絢也の心にチリリと痛みが走った。

 キスの合間に、士郎が髪の毛に指を通して頭を撫でてくるのが気持ちいい。
 絢也も、おずおずと士郎の胸まで伸びた髪を梳いて、肩、背中、腰と撫で、士郎の肌を手のひらで味わった。
 触れるたびに、士郎はピクッと肩を震わせたが、拒絶の色は見られない。
 それに、士郎も男だ。
 唇を離した絢也がチラッと見たそこは、緩く頭をもたげて、しっかりと反応していた。

「お前……見んなって」
「いや、萎えてなくて良かった」
「そりゃ、まあ……好きなやつと裸でキスしてれば、そうなるでしょ」
「お、……え?」

 ——今、士郎は、「好き」と言わなかったか。

「なに?」
「今、お前、す、好きって」
「え? 今更? 好きじゃないやつと、しかも男と、こんなことすんのあり得なくね? あ、もしかしてお前は好きじゃなくてもそういうこと、っ」

 嬉しいのと、うるさいのとで、絢也は士郎の口を口で塞いで黙らせた。
 じゅっ、と舌を吸ってから唇を離すと、士郎は、ふは、と熱っぽい吐息を漏らした。
 クタリと力の抜けた士郎の身体が、絢也に寄りかかる。

「お前、キス、エロすぎんだろ……」
「そう、か? ……初めてだから、よく、分からねえ」
「は? 初めて?」
「そうだよ。悪かったな童貞で」
「いや、童貞は知ってたけど、キスも? 初めて?」
「うるせえな、そうだよ」

 ヤケクソ気味に絢也がそう言い放つと、士郎は「うわ」と小さく声を上げ、開いたままの口を押さえて固まった。
 その反応を、ネガティヴにとった絢也は、えぐられるような痛みを胸に感じて、顔をしかめる。

「なに? 引いた?」

 努めて、冗談めかして軽い口調で聞いたつもりだったが、口から出た言葉は自嘲めいた響きが隠せていなかった。
 士郎がその言葉に少し驚いた顔をして、ふるふると頭を横に振る。

「いや、そうじゃなくて、俺、なんかちょっと感動したっていうか。ぜんぶお前の初めてをもらうんだなあって思ったら、なんか、その……」

 絢也は、ふと自分の太腿に当たる熱量に気づいた。
 さっきより、明らかに質量が増しているそれを見て、顔を上げると、口ごもる士郎が真っ赤になっていた。

 ——かわいい。

 絢也がそう思うのと、絢也の身体が動くのがほとんど同時だった。
 目の前にある滑らかな肌に、口付ける。

「ぁ、……」

 士郎が小さく声を漏らした。その声に、酷く興奮する。
 痕をつけたい誘惑に駆られたが、最初からあまり飛ばしすぎると、士郎が引いてしまうかもしれない。
 そう思うとそれは少し躊躇われて、結局我慢することにした。
 そっと膝の上から士郎を降ろし、ベッドに横たえる。

 チュ、チュ、と耳朶、首筋、鎖骨に口付けると、士郎が身をよじった。

「それ、くすぐってえ……」
「くすぐったいのは性感帯だって、俺、読んだことある」
「……マジか、って、ぁ、ッ!」

 絢也が、薄いピンク色で誘惑する胸の飾りを、口に含んだ。
 舌で転がすようにして可愛がれば、きゅっと硬く勃ちあがる。

「ぁ……あ、ッ、……」
「ここ、感じる?」

 舌でツンツンと突きながら、絢也が士郎に聞く。

「わ、かんね……ッあ、なんか、くすぐってえけど、腰にクる、ッ……」
「よかった」

 ビク、ビクッと跳ねる士郎の身体は、上気してほんのり赤みがかり、なんとも言えない色香が立ちのぼっている。

 ——見てるだけで、イっちまいそ……

 反対の尖も指で摘んで可愛がりながら、士郎の反応が嬉しくて、つい夢中になってしまう。

「も、そこばっか、やめろって……!」

 士郎が力の入らない手で、絢也の頭を胸から剥がそうとする。

「あ、わり……、ッ」

 慌てて頭を上げた絢也は、蕩けた顔の士郎と目が合い、思わず喉を鳴らした。

 ——なんつー、エロい顔してんの……

「はぁッ、は……もっと、下も……」

 士郎が絢也に追い討ちをかけるように、その手を取って、身体の中心に導く。
 そこには、しっかりと芯を持って勃ちあがっている士郎の雄が、すでに先端を潤ませて熱く息づいていた。
 絢也が、再びゴクリと唾を飲み込む。

「ッ、ぁ、え、絢也ッ、マジ、あッ、すげ……」

 温かい絢也の口腔に包まれる感触に、士郎が上ずった声を上げる。
 絢也は、まさか、自分が男のモノを口にする日が来ようと思ってはいなかった。
 自分がゲイであることを自覚しても、その行為だけは、したいと思わなかった。
 なのに、今、士郎のモノは愛しくてたまらなくて、迷いなく口に含んでいた。
 自分がされたら気持ちいいであろう箇所を、念入りに舌で、唇で、愛撫する。

「ぁッ、あ、絢、也、それッ、はァ、ッん……!」

 直接的な刺激に、士郎が身をよじり、ビクビクと震える。
 その身を走る快楽に、シーツを掴んだ手はギュッと握り締められていた。
 絢也の口の中に、士郎が零す先走りの味が広がる。
 士郎から上がる声の滴るような甘さに、絢也の身体の熱は否応なしに上がっていった。

「ヤバ、絢也、ぁ、すげ、気持ちイイ……ッ」

 ちらと見上げた士郎の顔は、快楽に蕩けきって、目尻には涙が溜まっていた。
 その表情に、絢也はまた、ズシンと腰に重たい熱が溜まるのを感じた。
 もっとその顔を見ていたいという気持ちと、早く士郎の中に入りたいという気持ちがせめぎ合う。

 ——先に前でイくと、後ろが解れにくいって、書いてあったしな……

 想いを遂げられる日が来ると思いもしていなかった頃に、それでも知識だけは追求することをやめられなかった絢也の耳年増がフル回転する。

「ッあ、あ……ッ」

 じゅるっと音を立てて口から士郎のモノを引き抜くと、絢也は跳ねる鼓動を押さえながら、士郎に聞いた。

「し、士郎、ローション、とか、持ってるか……?」
「ある……」

 士郎は荒い息のまま、力の入らない身体を起こし、ベッドサイドに転がっていたビニール袋をゴソゴソと探ると、まだ開封もしていないそれを放って寄越した。

「お前とこうなるって、思ってたわけじゃねえけど、……なんか、買ってた」

 ——それって、もう、無意識にそうしたかったってことじゃねえか。

 士郎の行動があまりに可愛く、パッケージを開ける時間さえもどかしい。

 とろりとした液体を手に取ると、絢也もわずかに緊張した。
 士郎のソレを口に含んだ時点で、もう冗談では済まされない状況なのは分かっている。
 だが、ここからは、本当に身体をつなげるための行為だ。
 ゴクリ、と唾を飲み込んで、絢也は士郎に告げた。

「士郎、脚、開いて……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

明け方に愛される月

行原荒野
BL
幼い頃に唯一の家族である母を亡くし、叔父の家に引き取られた佳人は、養子としての負い目と、実子である義弟、誠への引け目から孤独な子供時代を過ごした。 高校卒業と同時に家を出た佳人は、板前の修業をしながら孤独な日々を送っていたが、ある日、精神的ストレスから過換気の発作を起こしたところを芳崎と名乗る男に助けられる。 芳崎にお礼の料理を振舞ったことで二人は親しくなり、次第に恋仲のようになる。芳崎の優しさに包まれ、初めての安らぎと幸せを感じていた佳人だったが、ある日、芳崎と誠が密かに会っているという噂を聞いてしまう。 「兄さん、俺、男の人を好きになった」 誰からも愛される義弟からそう告げられたとき、佳人は言葉を失うほどの衝撃を受け――。 ※ムーンライトノベルズに掲載していた作品に微修正を加えたものです。 【本編8話(シリアス)+番外編4話(ほのぼの)】お楽しみ頂けますように🌙 ※お気に入り登録やいいね、エール、ご感想などの応援をいただきありがとうございます。励みになります!((_ _))*

桜吹雪と泡沫の君

叶けい
BL
4月から新社会人として働き始めた名木透人は、高校時代から付き合っている年上の高校教師、宮城慶一と同棲して5年目。すっかりお互いが空気の様な存在で、恋人同士としてのときめきはなくなっていた。 慣れない会社勤めでてんてこ舞いになっている透人に、会社の先輩・渡辺裕斗が合コン参加を持ちかける。断り切れず合コンに出席した透人。そこで知り合った、桜色の髪の青年・桃瀬朔也と運命的な恋に落ちる。 だが朔也は、心臓に重い病気を抱えていた。

ラヴァーズ・イン・チェインズ〜推しボーカリストに殺されます〜

あまつかホタテ
BL
【年下美形】×【年上美形】  俳優の高永ヒナキは、若手実力派ロックバンドURANOSの大ファンだ。ある日、そんなヒナキの元にBLドラマへの出演オファーが舞い込んでくる。  渋々了承したそのドラマでヒナキの相手役を務めるのは、なんとURANOSのボーカリストJUNだった。JUNはバンドマンでありながら、ルックスの良さから初の俳優オファーを受けたようだ。  最初は期待外れに無愛想だったJUNも、恋人役を演じるうちに少しずつヒナキに心を開き始める。  そして、次第に本気で恋愛感情を抱くようになってしまったJUNとヒナキは、互いに自分の抱える秘密によって悩み始めるのだった。 ※一部倫理にもとる表現や法律に抵触する行為の描写がありますが、それらを容認し推奨する意図はありません。 ※死ネタを含みますがハッピーエンドです。 ※性的表現を含む話についてはサブタイトルの隣に★をつけています。

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

ハッピーエンド

藤美りゅう
BL
恋心を抱いた人には、彼女がいましたーー。 レンタルショップ『MIMIYA』でアルバイトをする三上凛は、週末の夜に来るカップルの彼氏、堺智樹に恋心を抱いていた。 ある日、凛はそのカップルが雨の中喧嘩をするのを偶然目撃してしまい、雨が降りしきる中、帰れず立ち尽くしている智樹に自分の傘を貸してやる。 それから二人の距離は縮まろうとしていたが、一本のある映画が、凛の心にブレーキをかけてしまう。 ※ 他サイトでコンテスト用に執筆した作品です。

処理中です...